トゥーブレイブ外伝

 

 

ドロップス

 

 

 

 

 五月雨と言う洒落た名のつけられた雨が、しとしとと降り続く。

 路にはあじさい、道には水溜り。今は子供が雨具を着て水遊びをするなんてことが少なくなったけど、この時期になると、この天気になると、アタシはいつも思い出す。

 あいつにとっては一生の汚点であろうか。アタシにとっても一生の汚点であろうか。

 だからどちらもこの事に触れようとしないし、半句も告ごうとしない。

 けどきっと、コレは必然であり、必要であり、始まりだった。

 ねぇ陽平、あんたもそう思うでしょう?

 

 

 

 

 幼稚園からの付き合いで、小学校も一緒、中学校も一緒。家が特別近いわけではなかったけれど、登下校班も一緒で、クラスが四つもあったのに六年間全てクラスが一緒だった。PTAの集まりとかでいつの間にか両親が仲良くなっていたし、行動班を組む時だって十中八九一緒だったし、二人ともリーダー格で、言い合うこともあれば意気投合するときもあり。

 こんな親しい付き合いで、いつの間にか以心伝心になっちゃってたりして。陽平がすれば絢もして、絢がすれば陽平もして、目配せをすれば相手の言いたいことが解かったりもして。

 仲良くなるなって言うのは無理な話だった。

 中学一年生になってもその関係は変わらなかった。六クラスあったがクラスが一緒で、帰りも一緒になったりして、相も変わらず。

 変わったといえば周りの反応。思春期に突入するこの時期は、なぜかみんな色恋沙汰に対して敏感になっていたので、男子と女子が話すことが少々珍しいことになってしまっていた。

 だけど二人は変わらず、周りが変わり、

『好きなんだろ?』

『付き合ってるんでしょ?』

『えー、違うの?』

『白状しろよ』

 様々な揶揄が飛び交い、陽平と絢はそこまで気にしていなかったとは言え、繰り返されるうちに、それは心にこびりついていった。

 中学二年になり、初めて二人は別のクラスになった。2‐1と2‐6と、教室が一番離れていた。

 話す理由もない、機会がない、行って、何をするのでもない。

 ――周りの視線が、イタイ

 はたと、話すことがなくなった。

 

 

 

 

 

 絢は一人昇降口で空を見上げていた。灰色に塗り尽くされた空は、五月雨という妙に洒落た名を持つ雨を振り落とす。

「何も持ってきてない……よなぁ……」

 憎憎しげに呟いた。

 天気予報では降水確率10%だったはず。だからレインコートを持ってこなかったし、傘なんて持ってきていないし、濡れていい服なんて用意してない。体育があれば、今日部活が休みでなかったのなら体操服を持ってきていたのに。天気予報のお姉さんの大衆笑みを思い出して、口を尖らせた。

 小雨だったらまだしも、これは本降りだ。周りは暗くなる一方で雨が冷たくなってきてしまう。腹を決めるしかないのだろうか。今の時期だから雨が冷たいってことは無いだろうし、まだ明るさも上々だ。それに雨の中走るのもトレーニングになるだろう。

 教科書の入っているバッグを確認。大丈夫、確か防水加工だったからバッグがびしょ濡れになっても中身がということはないはずだし、それに濡れてもドライヤーで乾かせば一時間もかからないだろう。

 走り出そうと、一歩踏み込んだところで、肩にポンと手が載せられた。

「どした?」

 振り向いて、絢は驚く。

「なんだ、陽平じゃない」

「驚いた顔して、随分な言い草だな」

 仕方がないじゃない一ヵ月ぶりなんだから、なんて反論はできない。それよりも動悸が早くなっていることに気がついて、動揺してしまっているのだ。

 傘を片手に首をかしげている陽平がそこにいた。たかが一ヶ月なのに、顔つきが大人びてきた気がする。背も伸びている気がする。でも陽平が持っている独特の気質は変わっていない。

 とりあえず、気持ちを落ち着かせるために、先ほどの問に答えておく。

「どうしたもこうしたも。傘もなくて、レインコートもなくて、お手上げ状態」

 欧米人よろしく、肩をすくめて両手を上げてみる。すると陽平は、意外なことを口にした。

「入ってくか?」

 ワンタッチで開いた陽平の傘のように、あたしも口を開けて呆けてしまう。何に? 何処に? 解かっているから訊かないけど、あまりにも唐突で一瞬どう反応した方がいいか解からなくなった。

「恥ずかしいとか?」

「あんたは恥ずかしくないの?」

「周り暗いし、小さい頃は特に気にすることなくやってたし、五月なのに寒いから人肌が恋しくてさ」

 こう言われたら、断る理由もへったくれもなくなってしまう。

「じゃあ、おねがい」

 

 

 二人の間に会話は無かった。無言のまま歩を刻む。

 久しぶりの一緒の帰り。久しぶりの二人きり。話したい事はいっぱいあるはずなのに、何にも出てこなかった。

 道路には水溜り、ふと家の垣根に目をやると、色取り取りのあじさいが咲いていた。

「あじさい咲いてるんだ」と、アタシ。

「そりゃ時期が時期だからな」と、陽平。

 それだけでまた会話の火は消えてしまう。雨が一層強くなった。傘と雨が生み出す音だけがうるさい。

 今の状態を他の人が見たらどう見えるだろう?

 友達? 恋人? でもこんなお互いに黙っていたら、変な二人組みとしか見られないんじゃないのか?

 瞬間、前から人がやってきて、通過した。どこかの主婦だろう人と一瞬だけ目が合ってしまい、急に恥ずかしくなった。でもその恥ずかしさが、本当はいつまでも煮えきらない自分をなじっているような気がしてならなかった。

 陽平の顔を盗み見た。前を見ながら、淡々と歩んでいる。

 今、何を考えているの? ずっとずっと無表情で、何を思ってるの?

 ふと、陽平の反対側の肩がぬれているのに気がついた。なぜだろう、アタシは全然ぬれていないのに。

 わけに気付き、唇をかんだ。アタシは陽平にぴたりとくっついた。腕を軽く絡ませ、まったく隙間がないようにに。

 陽平の優しさに、今やっと気付いた。アタシが濡れないように、傘をアタシの方に寄せてくれていたんだ。しかも、アタシが水溜りに浸からないように道を選んでくれている。

 陽平、ずっとこのままでいちゃダメかな。ずっとずっと雨が降っていて、いつまでもいつまでも家までつかなければいいのに。

 

 

 結局家まで無言で、絢の家に到着してしまった。

 今日はこれで終わり。今度がいつになるか、そんなの解からない。

「陽平ありがとう。それじゃ、またね」

 またね。いつか、同じようなことが起きればいいよね。いつになるか解からないけど、約束してくれると嬉しいな。

危うく涙が出そうになった。

 陽平は別れの挨拶の変わりに、こんな事をいった。

「絢、ちょっといいか?」

「何?」

「あのさ……」

 ためらい、ゆっくりと口が開かれる。

「オレはお前が好きだ。お前はオレのことどうだ?」

 あまりにも唐突だった。言葉が単純すぎて、理解するのがとても早くて、つと涙が流れた。

「え、何泣いてんだよっ。迷惑だったらゴメン。この事は気にしなくていいからさ」

「そうじゃないの」陽平の言葉を遮り、「嬉しくて」

 なんだ、やっぱりアタシは単純に陽平が好きだったんじゃない。

「アタシも、陽平が好き」

 どうしようもないくらい、好きだったんじゃない。ようやく、気持ちの大きさに気付いた。

「あのさ……明日、お前何時に家を出る?」

「……朝練あるから……七時ごろだけど……」

 泣きながら答える。もう、早く止まれ。陽平の前で、恥ずかしい。

 ぐいと、顎が持ち上げられた。陽平の顔が目の前にあった。一瞬、顔がすごく近づいたと思うとすぐ離れ、赤くなった陽平の顔が現れた。

 反射的に唇を抑える。思考が追いつかない。

「じゃな! お前んちに明日七時迎えに行くから!」

 陽平が視界から消えてから、顔が紅潮してきた。

「え……あ……う……」

 だっていきなりすぎる。――アタシ、キス、されたんだよね?

 そのとき、後ろから声が聞こえた。

「あ〜! ねーちゃんがキスした! お母さん! ねーちゃんが!」

「ちょ、すばる!」

 弟のすばるの声。大声で叫ぶすばるを捕らえようと、バッグを放り投げて急いで家に上がった。

 玄関が開けっ放しなのに気付いて、慌ててドアを、――少しためらいながら、閉めた。

 

 

 

 五月雨と言う洒落た名のつけられた雨が、しとしとと降り続く。

 道には水溜り、路にはあじさい。今は立ち止まってあじさいをじっくり見ることが少なくなったけど、この時期になると、この天気になると、オレはいつも思い出す。

 あいつにとっては一生の汚点であろうか。オレにとっても一生の汚点であろうか。

 だからどちらもこの事に触れようとしないし、半句も告ごうとしない。

 けどきっと、コレは必然であり、必要であり、始まりだった。

 なぁ絢、お前もそう思うだろ?

 

 

 

 

 

    HR

 トゥレイブの主要な脇役、陽平と絢の恋模様でぃす。

 わーい。相合傘だってぇ。へへへ(壊)

 

 

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