Fifth Day

Chap 3

 

 

 

 達巳はすぐに保健室を後にして部活へと戻った。幸天は絢と一緒にゆったりと歩きながら、同じくサッカー部の元へと向かっていた。幸天が倒れたのは活動紹介の途中だったが、部活動紹介はほぼ終わっていたので問題は無かった。入る部をあらかじめ二つに絞り、そこを重点的に見学してその他は適当に見学を済ませたからだ。

 絞った内の一つは陸上部、もう一つはサッカー部マネージャー。前者は絢と日和からの勧めにより、後者は当然達巳の近くに居られるからである。ただしこの理由だと同棲理由と合致しなくなるために、外向きこちらも絢に勧められたからとなっている。

 結局は後者のマネージャーになることにした。活動日が少ないので達巳より先に帰って家事ができるし、それでいて達巳との接点が多く、都合のいい事ばかりある。陸上部をやめた理由に、運動が苦手だという事もあるのだが。

 グラウンドにつくと、日和が二人を出迎えた。

「二人ともおかえりー。ゆっきーもう大丈夫?」

 ゆっきーと愛称で呼んだ日和は、少し寒いのだろう、自分で自分の肩を抱いていた。それでも笑顔で二人を迎える。

「はい。心配をかけました」

「ヒヨ、きいてよ。幸天ったらさっき寝ぼけてて――」

「絢さん! それは言わない約束だったじゃないですか!」

「えぇー、そこまで言って教えないはないでしょ?」

「それもそうね。ヒヨ、耳貸して」

「絢さんっ」

 話すのを阻止せんと幸天は絢に飛び掛る。絢はそれをひらりとかわすと、幸天がバランスを崩し転びそうになったので、絢は後ろから幸天を引き寄せた。

「ヒヨ、もう先生に幸天のこと言っておいた?」

 日和は大きく首を縦に振った。

「即行でオーケーだってさ」

「一年生はどうした?」

「委員会で少し遅れてくるって」

「そっか。で、とりあえず、これで幸天は正式なマネージャーになった訳だ」

 絢に抱きかかえられたまま幸天は質問する。

「あの、さっき聞き忘れたんですけど、基本的にマネージャーって何をすればいいんですか?」

「基本的には雑用だよ」日和が答えた。「平日は基本的に無し。休日の練習ある日は学校に来てドリンクとか作ったりするだけ。試合の時はやっぱりドリンク作ったり、氷持っていったり記録とったり、当然応援したりもするよ。後はユニフォーム洗濯とか、その他諸々」

「そう言えば、二人は陸上部もやってるんですよね? マネージャーと兼部で大丈夫なんですか?」

 絢と日和は押し黙った。二人の陰鬱そうな表情に幸天は困惑する。もしかして禁句だったのだろうか。

 女子陸上部現部員九名。大きくも無ければ小さくも無い陸上部。いい成績を残すし、絢や日和が入ったおかげで知名度は高くなっている。

 だがしかし、四年前に転任してきた顧問のやる気がまったく無く幽霊顧問化していて、さらに巷では陸上部を潰そうとしているのではないかと言う噂が広がり、それ以前にサッカー部マネージャーと兼部していた絢と日和にそれぞれ部長副部長の座を渡した時点で先生のやる気の無さが窺え、入部当時はやる気があった部員も意気消沈し始めたのだ。

 絢と日和が崩壊を食い止めようと努力した結果、なんとか月水金曜日は普通の部活動ができるようになった。火曜日木曜日は自主練日にしているが、参加人数は極端に少ない。

 今年は絢と日和と言う大物役者がいるからいいものを、来年再来年、果たして女子陸上部が存続しているか……。

「あの、よく解からないんですけど、元気出してくださいね?」

 二人は小さくうなずいた。

 ピーっと、グラウンドから笛の音が響く。先生が招集をかけたのだ。部員は一度練習を切り上げて先生の近くに寄ってきた。

 こう落ち込んでちゃいられないと、絢と日和は元気を出して立ち上がる。

「じゃ、アタシたちも行くよ」

「何しに行くんですか?」

「何言ってるの。幸天、あんたの紹介に決まってるじゃない」

「ほぉら、ゆっきー立って立って」

 なるほどと幸天が納得する前に、絢と日和に引きずられるようにして部員たちの前に移動した。

 

 サッカー部は二年生二十二人、一年生二十六人、計四十八名の部活だ。部長が陽平、それをサポートする副部長が達巳である。

 翔渡高校サッカー部は県で一位二位を争う強豪だ。しかし今年の全国高校サッカー選手権、九月に始まった県予選まさかの二回戦敗退により、十月になる前に三年生は引退していた。原則として大会は一番上の学年だけで構成されるために現二年生は大会を経験しなかったが、先輩たちの悔しさを晴らすため、同じ轍を踏まぬために厳しい練習に励んでいる。

 この代の翔渡高校サッカー部は今までで一番強い、顧問が評するほど周りからは恐れられていた。

 超高校生級とまで呼ばれているFW陽平。同じくMF、司令塔の達巳。二人には若干及ばないものの、やはり超高校生級左ウイングの道則。この三人により、攻撃面でこのチームに勝るところなど無いと言われているほどである。

 この三人に感化され、他の選手たちの底上げ、守備面も強固になって、磐石な態勢を築こうとしていた。

 そんな闘志溢れる選手たちも、やはり思春期であり、新しく入ってくると言うマネージャーの噂を聞き、みんな気が気ではないのが現状である。

 サッカー部のマネージャーは美人揃いだ。そんな云われがこの高校にはある。その通り、絢も日和も云われに漏れず容姿端麗で、一年生もまた然り。

 もう一つ、マネージャーは部内の実力者と恋仲になる。これはあまり知られていないが、八割近い確率でそうなっている。陽平と絢、道則と日和が代表例だ。

 一年生マネージャーは二人。その内の一人は一年生の実力者とほぼ付き合っていて、もう一人は達巳の事を好いている。ただし達巳は一切そのことに気付いておらず、この組は成就しないだろうと確定してきた頃、新しいマネージャー入部だ。しかも達巳と同棲していると言うではないか。

 アップしている達巳は視線を貰っていた。羨ましがるような視線や妬むような視線。当然我関せずというやつも多いのだが、ねちねちした心のこもった視線というものは量が少なくても体の奥に突き刺さるものである。

 アップが終わり練習に参加しようとした所で先生の笛が鳴った。集合と言う声がかかり、皆が先生の周りに集まる。

 それから少し遅れて幸天たちがやってきた。達巳が幸天を見るとちょうど視線が合い、幸天が微笑んだので小さく手をあげて応えたら、横から肘鉄を喰らった。目を横にやると陽平が立っていた。

「でれでれしてると部員から虐殺されるぞ」

「でれでれなんてしてない」

「そうか? ならいいけどな」

 おどけたような笑みを浮かべ肩をすくめた陽平を、達巳は小突いた。

「でもな、気をつけろよ。幸天ちゃんは可愛いから、同棲までしていて仲のいいお前に勝手に因縁つけてくる奴がいるかもしれないんだからな」

「飛躍しすぎだよ」

 そう言いつつも、その可能性を否定する事はできないような気がした。前述の視線、幸天本人が目の前に現れたことにより粘りが増加していた。

 俗に言う、ひがみなのだが。

 部員が全員集まり、それでは、と先生が話を切り出した。部員はしんと静まりかえり、先生の言葉に耳を傾ける。妙な静寂が生まれた。他部の活動音がやけに大きい。達巳は嫌な予感がした。

「その表情だとみんな知っているようだな」全員を見渡し「今日新しいマネージャーがうちの部活に入ることになった。とりあえず、自己紹介をどうぞ」

 先生の後ろから幸天がそろそろと顔を出し、一度小さくお辞儀した。幸天もこの静けさになれないのか、少しやりにくそうだ。

「えっと、一昨日転入してきました、羽理幸天です。これからサッカー部マネージャーとして働いていきますので、よろしくお願いします」

 部員全員がよろしくお願いしますと返事を返した。

「羽理は達巳の家でお世話になってるんだよな」

「はい」

 一瞬のざわめきを、達巳は聞き逃さなかった。達巳が一人暮らしであることを知らないものは、この部内にはいない。

「さて、先生は少し用事があるから、後は適当にやってくれ。陽平、二年生だけで2チーム作って試合やってくれ。羽理に紹介も兼ねて、な」

「わかりました」

 先生がこの場から立ち去った。見計らったかのように一斉に部員が達巳を見た。しかし達巳はその場から忽然と姿を消していた。

「早くやろう」

 振り返ると、いつの間にか部員の輪から離れていた達巳がボールをこねていた。してやられたと、部員一同舌打ちを鳴らした。達巳は恐怖を覚えながらも、これで安心だと安堵のため息を漏らす。

 当然ながら、そうは問屋が申さない。

 

 

「―――で、真ん中のMFが達巳、左サイドにいるのがみっちーで、右側のFWが陽平よ」

 ビブスチームとノンビブチームに分かれての試合。ビブスチームの攻撃陣とノンビブチームの守備陣が一軍。ビブスチームの守備陣とノンビブチームの攻撃陣が二軍、このような分け方で試合を行っていた。変わった分け方だが、ここのサッカー部では思いのほか戦力が均等に配分されるため、よく使われる分け方になった。

 三人はコート脇のベンチに座り、幸天への部員紹介を行いながら試合を見学していた。一年生はグラウンドの脇にある小さいコートでミニサッカーを行っているので、一年生の紹介は後になる。

「左側のFWは誰なんですか?」

 先ほどの説明で漏れていたような気がする。幸天が二人の顔を見るとしかめた表情を浮かべていた。

「伴台通。アタシあいつ嫌いなのよね」

「うん。あたしも嫌い。なんかねちっこいもんね。しかも道則くん陽平君とか達巳くんとかに変な因縁つけてるような気がするし」

「嫉妬してんのよ嫉妬。特に達巳に対して顕著よね」

「本当はポジション達巳くんのところが良かったんでしょ? 勝てないからって八つ当たりなんてサイテーだよね」

「ホント、最低」

 この二人にそこまで嫌われているなんて、伴台通はそんなに嫌な奴なのだろうか。前日の件もあるし、実際に知るまで評価は保留しておく事にした。

「それにしても……達巳さん厳しいマーク受けてますね。パスもきついようですし」

「心なしか道則君と陽平君へのパスも厳しいよねぇ?」

「とばっちりを受けてるんでしょうね」

「とばっちりって、なんのですか?」

 二人は吹き出しそうになったが、すんでの所でとどめた。予想通り、幸天は鈍い。

「どうしたんですか?」

「いやいや」絢は笑いを堪えつつ「それより、幸天はサッカーのルール知ってるの?」

「はい。ある程度の事は調べてきたんで、問題は無いはずです」

 日和には達巳の家で情報を仕入れたのだと聞こえただろうが、当然上界で調べたのである。

「じゃあ問題」絢が少々意地悪そうな笑みを浮かべながら「ボールを手で触っていいポジションはどこでしょう?」

「そんなの簡単ですよ。ゴールキーパーですよね」

 自信満々に答える幸天の横で、日和が何故か苦笑していた。

「ブー、はずれ。答えは全員」

「えぇっ! そんなはずないですよ!」

「だって、スローインの時とかは全員触ってるじゃない」

 幸天、しばし呆然。

「絢ちゃんはそうやって陰険な問題を出すんだから」

「こういうのは引っかかる人がいけないのよ」

「つまり陰険って言うんでしょー」

「引っかかったのが悔しくて問題考えてきたのは誰だったかな?」

「あ、あれはぁっ!」

「なかなかの力作だったわねぇ。確か、『昼ご飯好きなポジション』と『掃除好きなポジション』だっけ? 子供のなぞなぞより酷い酷い」

「ボランチとかスイーパーは呼び方としてはマイナーだから、絢ちゃん知らないと思ったんだもん!」

「一年生の頃はアタシの方がサッカーの知識多いに決まってるじゃない。ヒヨったら、ほんと、お・馬・鹿・さ・ん」

「絢ちゃん!」

 日和は大きな音を立ててベンチから立ち上がった。危機を察して絢も即座に立ち上がり、脱兎の如くその場から立ち去る。

「待て!」

「待てと言って待つ馬鹿はいないわよー」

 幸天はその光景を唖然として眺めていた。絢に多少の抗議を申し立てようと思った所でいきなり日和と口論して、そして走り去ってしまった。陸上で活躍している二人だけあって足は速く姿はもう小さい。制服なのに。

 絢と日和は友達だか、昨日今日の観察結果から、絢は日和をからかう傾向がある。と言うことは、絢の友達になろうとしている自分はどうなるのだろう?

 誰にともなく苦笑いを浮かべた。

 鬼ごっこをしている二人は幸天とグラウンドを挟んだ側に到達していた。ジグザグと蛇行しながら走っているので、ここに戻ってくるまでは時間がかかりそうだ。

 幸天はグラウンドに目を戻した。相変わらず三人へ、特に達巳へのパスやマークはきつい。そんな状況の中でも、三人は巧いと思わせるプレイを連打する。マークがきついのは『とばっちり』のせいだけでなく、きっと単純に三人が強いからでもあるような気がした。

 道則がパスを受けた。強烈なパスだったが、足でトラップした瞬間にもうその素早さは失われ、飼いならした犬のように自由に操っていた。すぐに一人が詰めて来たが事前に対策を練っていたらしく、足や体が数回動いたと思うとあっさりディフェンスをかわしてサイドを駆け上がっていた。慌ててもう一人が詰め寄った時には遅く、ゴール前へとセンタリングをあげた。

 ボールは絶妙な位置に飛んでいき、ゴール前にいたFWの伴台がヘディングする。ゴール右端へ入ろうとした玉はしかしGKに弾かれ、ペナルティエリア外に出た。そこに陽平がいた。ゴールを一瞥したかと思うと、ダイレクトでボールを蹴りこんだ。勢いよく跳びだしたボールはまるで矢のように選手たちの間をすり抜けて、ゴール左上隅に突き刺さった。誰も反応していなかった。キーパーですら一歩も動いていない。それほどまでに鋭いシュートだったのだ。

 ガッツポーズをとっている陽平の後ろから達巳が頭を叩いた。ナイスプレイを目の前で見せられて、少々悔しいのだ。

 再度キックオフ。真ん中から蹴りだされたボールは、達巳へとパスされた。その時、達巳と幸天の目が合った。距離は遠かったが、達巳が何かを合図したような気がした。幸天はなんだろうと食い入るように達巳を見た。

 一人詰めてきた。達巳は後ろにパスを出そうとして、フェイント、刹那踵を返す。完全に相手の虚を突いて抜き去る。達巳はスペースにずばずばと切り込んでいく。驚嘆するほどのスピードで上がっていく達巳を阻止せんと何人もの選手が当たっていく。しかし一人、また一人とどんどん達巳は抜いていった。達巳とボールは一体化していた。互いに引き寄せられるように華麗に曲芸を見せながら進んでいく。踊っているようにも見えた。一つ一つが手品のようだった。まるで風だった。幾人もの壁をすり抜け、誰にも束縛されず前へと進んでいく。あっという間に最後のDFを抜いて、キーパーとの一対一、そしてゴールへと放り込んでしまった。

 達巳はガッツポーズをとった。味方からも敵からも賞賛を込めて達巳を叩く。目立ち過ぎだ! カッコつけやがって!

 そんな中、達巳はもう一度ガッツポーズを見せた。今度は幸天に向かってだ。その瞬間、幸天は赤面してしまった。達巳の青天のように澄み切った目、太陽のような無邪気な笑顔、心からサッカーを楽しんでいる純粋な気持ちをダイレクトに覗いてしまったようで。

 嬉しそうな表情を向けられ、幸天もそれに応え手をあげた。すると達巳は何人かに強く叩かれ、その場に倒れこんだ。こいつ、部活中にいちゃついてんじゃねぇよ!

 程なくしてまた試合は再開した。幸天はずっと達巳の事を見ていた。あの笑顔があまりにも印象的で、綺麗で。

 カッコよくて。

 こうやって客観的に達巳を見たのは初めてかもしれない。いつもは達巳の事を念頭に置いていて、ある種の固定観念があったが今は違う。ただの傍観者であり、なんの思考障害も無い状態で達巳を見るとそのカッコよさがよく解かる。特に今、サッカーをしている達巳を見ていると絵も言えぬ気持ちになるのだ。具体的には、表現できないけれども。

「アタシの勝ち!」

「くそー、絶対勝ったと思ったのにっ!」

「ヒヨは絶対勝てないわよ」

「ハードルだったら負けないのに!」

 鬼ごっこはいつの間にかかけっこに変わっていた。幸天の目の前を絢と日和が全速力で通過した。

 二人は疲れたと口にしながら幸天の元へ戻る。

「たっだいま」

 日和が幸天の肩を叩いた。幸天が思った以上に驚いたので、逆に日和も驚いてしまった。

「あ、おかえりなさい」

 日和は首をかしげて、

「何そんなに熱心にサッカー見てたの?」

「えっと……その……」

「達巳を見てたんでしょ」

 絢のバックアタック。頭のすぐ後ろからの声に、再度幸天は驚いた。

「見てたんでしょ?」

 にっこりと笑み、質問を繰り返した。幸天はあのそのと口篭もるだけだったが、絢は言った。

「幸天、達巳って結構もてるからね。お忘れなく」

「大丈夫ですよ。解かってますから」

「そう」

 それだけ言って顔を上げた。

「さてヒヨ、いや、負け犬さん、続きでもやりましょうか?」

「吠え面かいていられるのも今のうちだけなんだからね!」

 言うなり、また立ち去ってしまう。幸天は声すらかけられず、呆然とその姿を追っていた。

「元気ですね」

 あまりの元気さに、幸天は笑ってしまった。そう言えばそうだ、確かあの子も走るのが好きだった。

「あの、あなたが新しいマネージャーになる人ですか?」

 幸天は振り向いた。一年生と思われる制服姿の女子が二人立っていた。

 

「田中真由です」

「夢野アリスです」

「えっと、羽理幸天です」

 委員会で遅れてきたという二人は、サッカー部の一年生マネージャーだった。所属委員会は広報委員会。今月の上旬に行われる体育祭のプログラム作りに奮闘していたのだという。なにしろ『アノ三人』が作り出した体育祭だ。生半可なことは出来ないほど内容が充実している。

 田中真由と夢野アリスは中学来の親友で、前記したサッカー部の云われ通り、二人も可愛い美人に類される容姿を持っていた。さらにもう一つの云われに沿って、田中真由には友達以上恋人付近の人物がいる。彼は一年生サッカー部の実力者、時期部長候補である。

 自己紹介の間、ずっとアリスは幸天を牽制していた。先輩だからって容赦はしないと睨んでいた。どんな理由であれ同棲していると言う幸天のことが気になるのである。

 アリスは達巳の事を好いていた。この事はサッカー部全員が知っていて、知らないのは鈍い達巳だけだ。絢も陽平もそれを知っているが、しかしこの恋に賛成ではなかった。古くからの付き合いで達巳の事をよく知っている二人は、達巳の性格にアリスは合わないのではないかと思っている。達巳の気心知れている者の後ろ盾がない現状で、達巳と恋人関係になるのに苦戦していた所に幸天の登場だ。しかも絢と陽平は幸天を推している―――。

 睨まずしてどうするか。

 睨まれている当人は訳も解からずただ戸惑っていた。わたし、何かしましたか? そんな簡単な事すら問えないような威圧が幸天に降り注いでいる。

 真由はいち早くそれに気付き、アリスの肩を叩いた。アリスは不承不承目線を柔らかくした。

「幸天先輩、質問いいですか?」

 真由が目をくりくりさせながら聞いた。目がパッチリしていて、可愛い顔つきである。

「なんですか?」

「和良先輩と同棲してるって、本当ですか?」

 この質問にアリスも大いに興味を示していた。じっと幸天を見つめている。

「はい。わたしは達巳さんと同棲してますけど……」

 瞬間、アリスの睨みが再発した。今度は見落とさなかった。その睨みに、嫉妬が含まれている。

 幸天は何となく理由が解かってきた。彼女は達巳の事が好きで、同棲している自分が気に食わないのだろうと。

 大丈夫ですよ、わたしは達巳さんとは関係ありませんから。口にする事は簡単だっただろう。わたしは無理やり婚約者にさせられただけで、今それを壊そうとしているんです。でっちあげの同棲理由を告げれば軽くなるだろう、だけど、それはただの言い訳で、相手にとってそれ以上にはなれないものだ。下手な言い訳は逆に恨みを買ってしまう可能性だってあるのだ。特に、強い感情を相手が抱いている時は。それに――。

「二人とも遅い!」

 真由とアリスの後ろから絢が飛びついた。絢と二人では十センチ近く身長差があるために抱き締めやすそうであり、その抱き締めやすさは絢の好んでいる事の一つでもある。真由とアリスは抱き締められた事に対して、あまり嫌がってはいないようだった。絢はアリスの恋に賛成していないだけで、つまりアリスをバックアップしていないだけで、基本的に二人が好きで、二人にとってはいい先輩なのである。

 日和も数秒後に戻ってきた。また負けたー! と悔しさをはばかることなく全面に押し出している。そのせいで、また負けたんですか? と真由からの茶々が入った。

「お互いの自己紹介は終わったの?」

 絢が訊くと、三人は異口同音にはいと答えた。

 それ以降、もうアリスが幸天を睨むことは無かった。和気藹藹と幸天の身の上とか学校内に流れている噂とか、他愛もない会話をした。アリスは幸天を先輩として、そしてライバルとして見ている事は間違いないだろうけど、幸天は心の中で謝った。

 

 

 アリスさん、本当だったら応援してあげたいのだけれど、それはできません。

 

 

「どう? 他のマネージャーと仲良く出来そう?」

 電車を降り、絢と陽平と別れて二人は家に向かっていた。

 幸天はその問に、微笑んで答えた。

「はい」

「そっか、だったら安心」

 達巳も笑ってみせた。本当に影などあるのかと疑いたくなるような笑顔だ。

 しかし、幸天には高架橋でのあの表情が今でも焼きついていた。どんなに高性能なカメラでその表情を収めたとしても、精度は幸天の頭にある映像には到底適わないだろう。

 この一ヶ月間は絶対にわたしが、達巳さんのそばにいなくてはいけないんです。物理的な距離も、心の距離も、絶対に、絶対に。

 それが自分に課した枷だから。償いだから。

 

 

 

 HR

 

    後半の作風が微妙に違うことに気付いた方は凄い。

    理由は簡単。模倣犯を読み終えて、作風がすこぉしそれよりになったからです。

    ま、まだ熱い鉄だってことで。でも自分で読み返しても気づきません(ぇ

    ちなみに、凛企画ページ(18×40)で18ページ(HR入れたら19)です。

    二つに分けても問題はなかったなぁ。

 

 

 

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   白の裏話。

 

  次。松下絢。

 

  幸天の親友役。パーフェクトで該当するキャラはいません。美奈津先生とは少し違うんです。

  絢という名前を使うのにはかなり抵抗ありました。なぜって、漢字が違うけど妹の名前だったんです。でも前々から使ってみたい名前で、今回使う事にしました。

  苗字はいつも通り適当。ツッコミどころは無いとする。松浦絢も一瞬だけ考えましたけど、そく拒否。当然。

  で、授業風景とか別に書いているわけじゃないのできっと隠れた設定になると思うんですが、軽度の近視です。0.5ぐらいの。どこかでこのネタやりたいなぁ。陽平がなんか惚気る時に。

  絢には強くて弱い女の子を演じてもらいますヨン。オールマイティーな扱いやすいキャラですね。

 

  裏設定。

  身長166センチ 体重52キロ 誕生日6月29日 血液型O型 一人称アタシ。

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