Fourth Day

Chap3

 

 

 

 達巳は目を覚ました。少しめまいがするが基本的な行動をするのには支障をきたさず、ゆっくりと立ち上がり、あたりを確認した。

 ダンボールがいくつも積み重なっている。紙が所狭しと散乱している。筆記用具や工具類がぶっきらぼうに放置されている。こんな煩雑で手入れをしていないような部屋なのに埃が一切無い。こんな不思議な部屋に達巳はいた。

 一枚、床に落ちている紙を拾ってみる。部屋が薄暗いため文字を読み取るのに苦労したが、こんな文字がそこに書き記してあった。

『生徒会来年度予算案』

 生徒会? 瞬間、生徒会長の顔が浮かび、次に鶏男の顔が浮かんだ。脳内メモリー照合、同一人物と判明しました。

 思わず頭を抱えた。また気絶しそうになった身体をどうにか叱咤して、現状を見つめ直した。本校舎一階に生徒会室が存在しているのだが、ではなるほど、ここは裏生徒会室なのか。

 がちゃり、音がして達巳は臨戦体勢を取る。すぐ近くの扉が開き、先ほど見た顔が姿を現した。

「ご機嫌はいかが? 可愛い迷い子よ」

 さぶいぼが五,六個肌から噴出した事は間違いない。扉からまずダチョウのくちばしが見え、続いてダチョウ男が顔を見せた。ダチョウ男はドア付近のスイッチを押す。部屋がパッと明るくなり、タイツが白く光った。

 思い切り張り倒してやりたい気持ちを抑えて、訊いた。

「お前らは生徒会の一員なんだな?」

「そうだよ。私が副会長。西原が書記、そして神谷が生徒会長さ」

 やはり鶏男と生徒会長は同一人物だった。名前も確か神谷だったから、それはもう疑いようの無い事実だろう。とすると、サイバラ、というのがなんちゃって女学生の苗字か。

「幸天はどうした?」

「別に何もしていないさ。ただし、少し行動を制限させてあるけどね」

「制限?」

「ふふ、後で見ればわかるよ。それはさておき、これに着替えてくれないか」

 すっと差し出されたのは、何か白いものだった。綺麗に折りたたまれた純白の布。嫌な予感を覚えつつ、「何だそれ?」と訊ねた。

「私の愛用、全身タイツさ」

「着てたまるか!」

「おっと、君は私の言うことを聞くしかないのだよ?」

「別に何を盗られているわけでもないし、この状況、不利になるものは一切無いと思うけどね」

 幸天もいるが彼女は魔法が使えるのだ、心配など取るに足らないだろう。自分が危険な状況に晒されているわけでもない、一対一なら逃げ切る自信だってある。しかしダチョウ男は、不敵な笑みを浮かべた。

「首を触ってみてくれないか」

 条件反射的に首に触る。何かが、首に巻きついていた。ひんやりとした嫌な感触が指先をつたり、思考を侵食し始める。視線をダチョウ男に戻すと、右手にスイッチらしきものが握られていた。

「このボタンを押すとね、その首輪から電流が流れる仕組みになってるんだ」

「なっ……」

「もちろんそんな小さな首輪から発される電気量じゃ死には至らない。けどね、全身の筋肉を弛緩させることぐらいは十分可能なのさ」

「そんな物、お前らに作れるのか?」

「作ったのは神谷だけどね。彼はこういう物を作るのが得意なのさ。その首輪然り、きっと爆弾処理班でも解除できないであろう時限爆弾然り、さ」

 ダチョウ男は微笑んでいるが目が笑っていない。獲物を探し当てる虎のような、猛獣の生存本能、そして闘争本能というべき気迫が、彼から流れ出しているのに気付いた。背筋が凍った。

「そして私は、神谷が作ったこの道具を使って人を追い詰めていくのが仕事なんだ。先輩はどうも扱い方が苦手らしくてね。作ったら全部私に一任さ」達巳の目を見つめた。達巳は目線を反らせなくなった。「こういうのは相手に隙を与えない事が大事なんだよ。まずは相手の質問に間髪いれず的確な答えを入れることによって、徐々に精神的余裕を失わせる。次に目線を合わせる。ただしすぐに合わせたのでは反らされる可能性があるから、まず一言、相手の気を引くようなことを言う。これは聴かなければならないと相手の脳に訴えかけてから合わせればもう相手は反らせなくなる。最後に絶対的優位に立つための獲物を見せてやれば、……終わりさ。――さて」

 ダチョウ男の表情がもとの緩い顔になる。このメリハリの付け方、言葉の操り方、一般市民にとっては驚異的ではなかろうか。

 達巳はもう、首を縦に振る以外の動作が凍結していた。

「着てくれないか?」

 

 

 

 幸天が薄らと目を開けると、目の前にはステージが設置されていた。豪華絢爛高貴荘厳。あらゆる所に豆電球が設置され、一面きらびやかに光を放っている。上方にはミラーボールもあり、それが部屋中に光を散りばめていた。だがここまで行くとやりすぎだと思ってしまうのは仕方無いだろう。

 ここはどこだろう、ステージから視線を放し部屋の全体図を確認すると、横になんちゃって女学生が椅子に座っていた。そこでようやく自分も椅子に座っている事に気がついた。

「気分はどおです?」

 身体をなんちゃって女学生に向けようとしたのだが、なぜか、身体が言うことを聞かない。自分の身体を見る。縄で椅子に固定されていた。

「あはは、動くのは無理ですよぉー。こう見えても緊縛のプロだからねー。動くたびにきつくなるようにも縛れたんだけど、同じ女性に対してそういう仕打ちはいけないと思っていましてねぇー。とりあえず外れないように縛っといたんだ。苦労したんですよぉー。気絶してるから一人で椅子に縛ろうとすると身体がぐらついて大変で大変で」

 幸天はそれを聞かずに脱出を試みる。しかし何度動こうとびくともしなかった。

力を使いたい、しかし手の平と手の平があわさるように縛られてしまっているので力が使えない。何かを攻撃、つまり縄を切断するための力は、身体の内側から腕を介して手の平から放出させなければいけないため、使用不可能なのだ。

 逃げ出せない、何をされるか解からない、不安に駆られたが、このなんちゃって女学生の言動からすれば危害は加えられないはずだ。

「達巳さんはどこですか? 今から何するんですか?」

「あれ、意外と動揺しないんですねぇ。普通の人はこんな状態にされたらもっとジタバタ暴れまくるのにねぇ。悶え喘いで、逃げられない事が解かった時のあの絶望的な表情がなかなか魅力的なのになぁ。この前なんて失禁までしちゃった生徒がいましてね……クスクス」

 恍惚とした表情で空を見つめるなんちゃって女学生。三人中で一番見た目が普通でも、性格は実は一番ヤバイのではないか。恐る恐る、幸天は次の言葉を待つ。

「あのね、世の中どうしても男が強くできてますよねー。カップルの中にも当然そういう概念が少しはある、女性の不満が積もるばかり、こうしちゃいられない! ということで、彼女の積もり積もったうっぷんを晴らすために、彼女の前で彼氏をいじるんだ。もちろんお婿さんに出られなくなるようなことはしないけどねー。あ、でもこのあと二人がどうなるかまでは保障できないんですけどー。確か離別率56、7132%でしたかねぇ」

「あの、わたしたち恋人じゃな―――」

 突然電気が消え、軽快なジャズが大音量で流れ出す。なんちゃって女学生は何事も無いように平然としていたが、幸天は危うく椅子ごとひっくり返りそうになった。

「ご婦人よ、彼氏に不満を持った事は無いかい?」

 ミュージックの音量が下がりステージ袖から鶏男の声がマイク越しに響く。

「男女平等と謳っているのに反し女性に優しくないこの世の中では、女性の不満が積もるばかり。そこで今日は我ら生徒会が、そのうっぷんを晴らしてあげましょう!」

 ―――生徒会? この状況に不釣合いな単語が現れて眉をひそめたが、次の瞬間。

 思わず、吹き出してしまった。

「まずはダンサー、白い恋人の登場です」

 出てきたのは、全身がまばゆい繭に包まれた、否、きめこまやかな照り返しを放つタイツを全身に纏った、達巳だった。

 これが諦めの境地と言うのだろう。達巳の目線はどこかに飛んでいる。全身から生気が抜け落ち、半ば放心状態のままステージ上に立っていた。その後ろから本家本元のダチョウ男が登場する。達巳とダチョウ男の違いは、ダチョウ付き浮き輪だけだった。

 ややあって、鶏男のナレーションが飛んで来た。

「まずは第一発目! 拡張変化生徒会特別ヴァージョン、ソーラン節!」

 

 

―――――――――多分二時間後――――――――――

 

 

「楽しかったねぇ」

「はい」

 達巳さんには悪いですけど、心の中で付け足しておいた。

 十人中九人はソーラン節で無いだろうというそれを踊っている(演じている)間に達巳は開き直り、その後の次々に出されたお題達で迫真の演技を披露する。幸天もだんだん雰囲気に慣れてきて、いつの間にかなんちゃって女学生と一緒になって楽しんでいた。

 なんちゃって女学生がすっくと立ち上がる。すたすたと歩いて、幸天の後ろに回った。何をするのだろうと動きを追うが、不思議とさっきみたいに不安は無かった。

 ザクリと音がしたかと思うと、身体にゆとりが生まれた。

「あの……」

「もう自由にしていいよ」

 幸天は呆然として、にこにことしているなんちゃって女学生を見つめていた。床には先ほどまで幸天を縛めていた縄が落ちている。

「ここまで楽しかったのは初めてですしねぇ。彼氏も乗ってくれたし、あなたももう馴染んじゃったみたいですし」

「あの、今さらですけど、わたし達恋人同士じゃないんですよ?」

「ええっ! 嘘ぉっ! ここはカップルしかこれない場所なのに!」

 口を抑えてオーバーリアクションで驚くなんちゃって女学生。

「どうしたんだ?」

「この二人カップルじゃなかったんですよぉ」

 ステージ袖から出てきた鶏男に簡単に説明を入れると、鶏男も驚いた表情を浮かべる。

「珍しいこともあるもんだ……」

 幸天は首をかしげた。

「なんでそんなに驚いているんですか?」

「いやそれは………」鶏男は一度目線を背けた。「……それよりも西原、もう縄を解いたのか?」

「イエスッ。もう馴染んじゃいましたから。ね」

「あ、はい」

「そうか」

 鶏男は微笑んだ。普通の微笑みだった。多分に漏れない、人が安らぎを覚える、朗らかな表情。

 ああそうか、格好は確かに変であるけど、この人たちも普通の人なのだ。人と少し違う面を持ち合わせているだけで、わたしとどこが違うというのか。

 見た目だけで判断した事に、幸天は己を恥じた。これじゃあ天使失格ですね。

「達巳さんはどこですか?」

 そう言えば、袖に引っ込んだきり達巳が出てこない。鶏男がふふふと笑う。

「彼ももう桐口と馴染んでしまったんだ。今彼は制服に着替えている所だと思うぞ」

「終わり、ってことですか?」

「そういう言うことになる」

「えー、もっとやりましょうよぉ」

 終わりと聞いて、なんちゃって女学生がブーイングを鳴らす。鶏男はいさめるように、

「決まりなんだ。仕方ないだろ? 期日だって延ばして頂いたんだから、これ以上文句言うと――」

「解かりましたよぉーだ」

 頬を膨らませ、ぷいとそっぽを向いてしまったなんちゃって女学生を見ながら、鶏男はため息をついた。だが少しして、二人は同時に笑い出す。つられて幸天も笑ってしまった。

 笑いが収まった頃、袖から達巳とダチョウ男が出てきた。達巳はもう学生服に着替え終わっていたが、ダチョウ男のは相変わらずである。ただそんな些細なことより、二人が仲良く会話を交わしながらこちらにやって来るのに幸天は驚いた。

 ダチョウ男との会話に区切りがつき、達巳がこちらを見る。心なしか苦笑いを浮かべていた。

「達巳さん、お疲れ様です」

「あ、ああ」

 達巳は複雑な心境だった。先ほどはテンションが上がっていたので大して恥ずかしくも無かったが、落ち着いてみると羞恥心がこみ上げて来る。

 激烈爆竹ゲームとか超シュール黒ヒゲ危機イッパツゲームとかよく解からない競技をさせられたし、超セクシーなダンスを踊らされたりもして、やはり恥ずかしさがある。

「可笑しかったよな、やっぱり。変な事しまくってたから……」

「面白かったですよ。ダンスなんて結構カッコよかったですよ」

「お世辞でもそう言ってもらえると助かるよ」

「お世辞じゃないですよ。ですよね」

 幸天はなんちゃって女学生を振り返る。しかし、先ほどまでそこにいたはずのなんちゃって女学生が、鶏男が、ダチョウ男が、三人ともこの部屋からいなくなっていた。訝りきょろきょろとあたりを見渡すが、やはり見つからない。

「達巳さん、三人がどこに行ったか見ましたか?」

「いや……さっきまでいたのに、どこ行ったんだろ?」

「終わりとか言ってましたから、部屋から出たんですかね」

「でも挨拶なしで行くなんて、あいつららしくないと思うけど。何か土産とか用意してるんじゃないかな」

「達巳さんが着てたタイツなんてどうです?」

「どうですって言われても……」

 その時だった。突然二人は激しいめまいに襲われた。視界も思考も感覚も身体もすべてが不安定になり、ふと幸天の意識が飛び、その場に崩れ落ちる。達巳は方膝ついてそれを支えたが、まもなくして、達巳もその場に倒れこむ。

 最後の最後、視界の端に寂しそうに笑んでいた三人の姿を見たような気がしたが、本当かは解からない。

 

 

 

   HR

 

   一日ごとに分けなくちゃならないので、少し中途半端な終わりになってますが、気にしないことをオススメします。オススメされて下さい。されてくれー。

 

 

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   白の裏話。

 

 本当はもっと変にしたかったのですが、というかめちゃくちゃなものにしたかったのですが、技量不足により断念。もう少しギャグセンスを磨く必要があるみたいです。……いえ、べつにギャグ作品じゃないからいらないんですけどね。前半は書いてて面白かったです。なんというか、狂った台詞と言うかw

 

ボツ。

「達巳さんが着てたタイツなんてどうです?」

「あんなものいらないって! じゃあ幸天が縛られてた縄なんてどう?」

「い、いらないですよ。あれで何する気なんですか!」

 

 幸天の性格が違う! ということで断念。

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