Fourth Day

Chap 2

 

 

 

「案内ってもなぁ……適当に歩いて、その都度説明するしかないよな」

「はい。訊きたい事がある時には訊きますんで」

「よし、じゃぁ……」

 中学校とは違い高校は広い。教室の広さや廊下の広さ、その前に学校のスケールが違う。敷地は中学校の倍以上かもしれない。とにかくこの広さがあるものだから一度案内されても覚えきれないだろう。しかし、一回目の案内は重要な役割を果たす。おぼろげなイメージを残すことによって、格段と学校に慣れやすくなる。

 それに幸天の事だ。一度の説明ですべての教室を覚えてしまうかもしれない。

「こっちが本校舎。四階が一年生で三階が二年生、二階が二年生になってる。一階には事務室と国語科職員室に校長室、会議室、保健室があるかな」

「そう説明して本校舎の説明終わりにしようとしましたね」

 むぅと口を尖らせた幸天を見て、達巳は頬を掻いて苦笑を浮かべた。

 放課後、皆が部活に勤しんでいるこの時間に幸天の学校案内が振り当てられた。当然であり妥当である。授業中は駄目に決まっているし、昼休みや授業間の休み時間では少々時間が足りない。

『学校案内するのは同性の方がいいんだけど、同棲しているんだから和良でいいよな。頼むぞ』

 サッカー部顧問+HR担任、荻先生のお言葉。くだらないシャレを入れるところがこの先生のいいところであり悪い所。

 達巳にふいに押し付けられた大役である。幸天を案内するのは苦ではないし、自分の学校を紹介するなんて滅多に出来ない仕事だから楽しいといえば楽しいのだが、どうしても部活に早く行きたい、そんな気持ちが案内にも出てしまっているみたいだ。

「学校案内なんてしてもらって、迷惑だってのは解かるんですが……」

「あ、いや、全然気にしなくていいよ。一日ぐらい休んだって問題ないよ。何たって案内頼んだのが部の顧問だしさ」

「じゃぁ、えへへ、よろしくお願いします。ついでに部活動も少しずつ説明してくださいね。あ、あれなんですか?」

 突然幸天は笑顔になった。騙されたのは今月二回目だ。三度目の正直と言う言葉を信じていない達巳は、次騙されるのはいつだろうと自嘲気味に考えつつ、幸天の問に答えておく。

 幸天が指差した場所は校舎の外、よく解からない黒い物で埋め尽くされている壁だった。

「あれは恋神(れんじん)の壁って言って、あそこにカップルで名前書くと絶対に別れないんだって」

「ロマンチックな物があるんですね」

 こういうのは女子が書きたがるものだ。彼女が彼氏を引っ張って催促して、彼氏が仕方ないなぁなどと呟きながら書いているのが容易に想像できてしまう。

「絢さんと陽平さんのは書いてありますか?」

「いや、絢はこういうの普通の女子並に好きなんだけど、陽平は滅法駄目で嫌がるから、書いてないと思うな」

「日和さんと道則さんはどうですか?」

「書いてないと思うな」

「そうなんですか? 日和さんは好きそうな気がするんですけど」

 日和が是といえば道則も是と言うに違いないから、書いていないのはおかしい気がするのだけど。

 実は、と達巳は少々口を濁した。

「おれの知ってる先輩で、あそこに名前書いて別れた先輩いたんだよね。サッカー部の先輩だったから、陽平も絢も道則も橘も知ってて、縁起悪いから絶対書かないと思う。しかもあの壁汚いから、書くカップルは相当減ったんだって」

「夢と現実の差ですかね……」

 何だかしんみりとしてしまった二人は、早々にその場を立ち去った。

 その後本校舎一階から四階までを見てまわり、次は別棟へと移る。本校舎には教室や職員室、事務室、会議室があり、別棟には主要五教科にあまり関係ない部屋が陳列している。

 別棟も四階建て。一階は機能している。調理室や物理室などがあり頻繁に使われている。二階も機能している。音楽室、地学室、美術室などがあり、ここも頻繁に使われている。三階も図書室などがあるため、使われている。

 問題は四階だ。めぼしい部屋(名前のある部屋)が一切無く、二年生である達巳ですら四階に上がったことが無い、一言でいうと気味が悪い階だった。

 二人は四階へと続く階段の目の前で佇んでいた。

「―――なんで蜘蛛の巣張ってるんですか?」

 四階の掃除は一切行われていないと言うことか。なんと不潔な。

「幸天、行きたい?」

 幸天の喉がごくりと鳴った。

「人生に一度は体験しておくべきイベントですよね」

「いや、それは絶対にない」

 無駄な期待を膨らませている幸天に一応は突っ込みを入れておく。だがまだ二人は高校生。好奇心の方が理性より大きかった。

「でも行きましょう」

「よし。おれも腹を決めて……」

 二人は階段を上って行く。蜘蛛の巣を払い、一歩一歩確実に歩を進める。何か上ってはいけないところに行こうとしているのではないか、そんな感覚が否めないのはこの独特の空気のせいだろう。色に例えたら黒、じわじわと迫り来る空気の壁が身体を包み込んでいる。

 上りきると、何故かそこには扉があった。重々しい金属の扉がドンとそびえ立っている。その扉の横には0〜1までの数字が刻まれたボタンが並んでいる。

「暗証番号って所かな?」

「ですね」

 この扉の奥が胡散臭いと思う前に、この学校がおかしいのではないかと思えてきた。この四階然り、県で一番(これは過小表現で、全国一と言う噂あり)大きい倉庫も然り。

「手がかりも無いし、何桁かも解からないし、諦めるしかないか」

「そうですね……」

 このまま戻るのも癪なので、達巳は何となくそのキーを押してみた。

 順にボタンを押していく。42731、と日本人なら誰でも知っている有名な五桁の文字だ。『死ね』と言っている割には『なさい』と丁寧な言葉遣いで、なんとも妙な言葉である。

 入力し終わり、ENTERを押す。

 照合中―――――

 今時のコンピューターにしてはとても遅い反応で、次の動作が行われた。

 ――――照合完了。第四ゲート開きます。

 頭に直接響くような電子音が響き、二人は二、三歩後ろに下がる。開くなんて思っていなかった二人は、突然の出来事に対応しきれず右往左往してしまう。

 逃げた方がいいのではないか。そんな考えが頭に浮かび、達巳は階段の方向を向いて、絶句した。

 達巳が硬直したのを見て、幸天も同じ方向、階段を見て、絶句した。

 階段消失。凹凸はどこへやら、完全に平らな床になり、退路が、消えた。

 電子音も消え静寂と二人だけがその場に残った。

「……第四ゲートって何かな?」

「解かりませんけど……大丈夫です。どんなに危険でも力を使って達巳さんの身を守りますから」

「できれば危ない事は起きて欲しくないけどな」

 達巳がドアノブをしっかりと握った。金属の冷たさが手の中で交錯する。舌で唇を舐め、唇を湿らせてから、ゆっくりと扉を開けた。

 すぅっと気味の悪いほどに一切音を立てずに、重々しい金属のドアは開かれた。

 ふいに眩しくなり、二人は目をすぼめた。ドアが完全に開いて、二人の目に奇怪なものが映し出された。

 

『人は何故人を愛すのか。それは本能、孤独と言う闇から逃げるために人は人を愛すのだ。しかし愛する事によって人は苦吟し、未来へと詩を残す。その詩を聴き泪し、人は更なる高みへと向かい、数多もの高き壁に苦しめられる。愛ゆえに人々が苦しむのなら、私たちがそれを解放しよう! 究極の愛を探すために立ち上がった、我らは【愛LOVE恋死隊】!!!』

 

 看板に赤で派手に描かれたそれを見て。

 何を思う前に心に浮かんだ言葉は『帰りたい』だった。

 数秒後、気を持ち直し、達巳はふと口を開いた。

「そう言えば聞いた事あるな」

「何をですか?」

「別棟四階は死線への近道、……だって」

「上る前に気付いてくださいよぉっ!」

 ガコン。

 突然床が動き出し、達巳はバランスを崩しかけたが、ギリギリで踏みとどまる。しかし踏みとどまれなかった幸天が達巳にぶつかり、結局二人は倒れこんだ。

 床がベルトコンベアだったのだ! このコンベアは一体どこへ向かうのか、二人はそんな事に気をとられている暇はなかった。錯乱状態に陥り、次の行動が浮かばない。切れ切れな叫び声しか出す事ができず、ベルトは加速していき―――。

 ある一室に飛び込んだ。

「わ!」

「きゃっ!」

 突然ベルトコンベアが止まり、転がるようにして床にたたき出される。達巳が幸天を支えるようにして立ち上がると、目の前から低い声が響いた。

 二人はその男を見て、唖然としてしまった。

「ようこそ、可愛いモルモット達よ」

 タキシードにシルクハット。赤い蝶ネクタイに革の靴。傍から見ても趣味が悪いとしか思えないような『愛』と言う金の字が刻まれているネクタイ。

 どうしてだろう、左手に鶏がいる。

 鶏に気を取られているうちに、また一人、変な男が来た。ソレを見て、二人の脳みそに激しい打撃が入れられた。

「いらっしゃいませ迷い猫たちよ。今宵は我らとともに踊り明けようじゃないか」

 全身白タイツにフリルのついたピンクのトゥーシューズ、腰にはダチョウの顔がついた浮き輪。それしか特徴の無いが、存在感だけは抜群だ。

 摩訶不思議な現実に、二人の思考が真っ白になりかけた。しかし意識が呼びかける。今倒れたら、何をされるか解からない。

 ギリギリで意識を保つ中、部屋の奥の扉からひょっこりと女子が顔を出した。目がパッチリしていて可愛い元気そうな女の子だ。

「駄目ですよ先輩たちが先に行ったらぁ。初めての人たちは倒れちゃうでしょぉ」

 タキシード男(以下鶏男)がフッと笑みを浮かべた。全身タイツ男(以下ダチョウ男)もくるくる回りだした。

「案ずる事は無い。一度気絶させておけば後々の頭の回転が早くなると言うものだよ」

「ふふ、それに気絶している時ほど無防備な状態は無いからね。味を楽しめるって物さ」

「またへんな理屈こねちゃってぇ」

 遠くにいた女子もこちらにやってくる。その姿を見て二人はほっとした。言動からまともそうだし、何より服が今幸天も着ている学校指定の制服だ。

「せめて見た目だけでも普通な僕から行くのが筋ってもんでしょぉう?」

「何を言う。男を捨てた奴に説教をされたくないぞ」鶏男はネクタイをいじる。

 二人の中で、何かがズレた。

「まったくだよ、自らが男であるからこそ女の魅力が解かると言うのに」回りながらダチョウ男。

「残念でした〜。一昨日性転換手術に豊胸手術したんで、身も心も僕は女になったんですぅ。女になって解かることもいっぱいあるんですよぉ」

 自らの姿をすべて晒すように、ダチョウ男の如くスカートを翻しながら一回転。元男子(以下なんちゃって女学生)は自慢気に自分の胸を寄せてみせた。

「バスト91もあるんですよぉ! Eカップなんですぅ!」

 ダチョウ男が相変わらずくるくる回りながら。

「作り物に美を覚えるほど私は落ちてはいないのさ」

「そんな事言ってぇ。いいんですよぉ、まだすこーしだけ男の心残ってますから、裸になってあ・げ・て・も☆」

「人と言うのは裸ではなく、その奥にあるものが美しいのだよ。そう、ハートが燃えていなければ人は輝かないのだ!」

「ふーんだ。ダチョウの浮き輪している人に言われたくないですよ〜」

「二人とも、しばし待ちたまえ」

 鶏男が二人を制す。そして嘆息交じりに声を出した。

「まったく、モルモットが気絶してしまった。いったい誰のせいだ?」

「とりあえず私のせいでは無いだろうね。この美しい姿を見てなぜ気絶する事が出来ようか」

「僕のせいでもないですよねぇ。だって僕はこんなに可愛い女の子なんですもん」

「当然俺のせいでもないから、ふむ、じゃあ誰のせいでもないと」

「そういうことになるね」

「納得ぅ!」

 けらけらと笑いが起きた。

しばらくした後、三人は慣れた手つきで気絶した達巳と幸天を拉致して、今から二人に起こるだろう惨事への準備を楽しそうに開始した。

 

 

   HR

 

     え〜、鶏男とダチョウ男となんちゃって女学生はモデルがいます(嘘)

     実はこの話、怪談にしてみようと試みたら失敗したの図。

     オレも楽しそうに次回の物語を書き記します。

 

 

 

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   白の裏話。

 

     倒れたシーンで、

     『幸天が達巳を押し倒す形で倒れこんだ。幸天のふくよかな双丘が達巳の胸に押し当てられ一瞬どきりとしたが―――』

     みたいなセリフを入れたかったのだけど、こんなありきたりなセリフ入れなくてもね。

     どうせ後々、ね。

     ちなみに幸天はBカップ。関係ないんですけどね。

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