ガタガタと体が揺れていた。
 どうやら眠ってしまったらしい。彼女は目を覚ますと、静かに体を起こした。
 理不尽な体の揺れと、やけにうるさい蹄の音。煩わしい事だらけなのに、無駄に装飾を施した部屋。どうせそんなことしないのに、逃げられないように外から錠が施された扉。
 そう、思い出した。ここは馬車の中だ。
 気付いたらもう他のことに興味は無くなり、じっと動かない。
 寝ている時は楽しいのに、すべてを忘れられるのに、どうして起きてしまったのだろう。
 彼女は死んでしまったかのように動かない。体も頭も心もすべてを凍結させた彼女は、虚空へと視線を合わせる。
 体の良い厄介払い。彼女は家から追い出された。
『シュカ、あなたは病気なのよ。少し静養していらっしゃい』
 お母さんから出た音は母親らしい感情を練り込んだものだったけど、奥底から出る本当の声は別物だった。
 ――ようやくうちの恥がいなくなるわ。
 お兄様やお姉様からも、お母様とさして違った声は聞こえなかった。
 驚くようなことじゃない。いつも通り。いつも通り。
 静養場所は、森の深くにある家。俗世から隔離されたその場所。使用人が一人付くらしいけど、私にはまったく興味の無いことだった。
 しばらくして体の揺れが止まった。馬車が止まったのだ。扉の鍵が開けられ、シュカは馬車から降りる。
 すると、何の返事も無く、馬車はきた道を戻っていった。小さくなっていくその姿に、何の憤りも感じなかった。
 彼女はこれからの、きっと終の家となる建物を見上げる。白が基調の、木で作られた二階建ての建物。きっとここは別荘か何かだったのだろう。
 ここでは声が聞こえない。木の葉が擦れる音をつれてきた風が、シュカの体をも撫ぜる。
 気持ち良いと思った。初めて心が静かになった。このままここで死んでしまうのもよいと思った。
 彼女がしばらく立ちんぼうしていると、家の扉が開いた。
「あなたがシュカさんですね。私はマーサと言います」
 扉から姿を現したのは、二十代半ばの女性。きっと彼女がこれから一緒にここに住む使用人なのだろう。
 シュカがじっとマーサの顔を見つめていると、彼女は不思議そうな表情で音を出した。
「どうしたんですか? 今、家の中の掃除してるんです。手伝ってくださいよ」
 満面の笑顔の彼女から、不思議な事に、声は聞こえなかった。


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