7 旅に出てから四日目の朝。 静寂を掻き分けるように、うつろな意識の中、レイセリーティアは上体を起こす。 人々は床で寝静まり、太陽もまだ眠りこけ、暗闇が支配する寥々たる時間帯。朝と呼ぶにはまだ早すぎるかもしれないけれど、彼女にとっては一日の始まりだった。 最近は眠りがとても浅い。旅路で体の髄から疲れているというのに、熟睡することができず、日に日に体が衰弱していた。 意識は朦朧とし、嘔吐感があり、体がギチギチと痛み、関節には熱が篭っている感じがする。 だけど今日も、体内で暴走している魔力を整えなくてはいけない。気力を総動員して、魔力の根源である呪具を中心に、魔力を整備していく。 一瞬、意識が飛びそうになった。ベッドのシーツを握り締め、何とか踏みとどまると、腹の底から息を吐き出した。 正直、体だけでなく精神も疲弊していた。 朝の副作用に対して、徐々に免疫が出来ていくと言われたが、肉体と精神の疲労により、調整までにかかる時間は確実に伸びていた。 このままでは呪具に取り込まれてしまうのではないか、そんな不安に押しつぶされそうになる。 さらに――毎日のように見る夢。 朝起きたときに内容を忘れてしまうのに、夢を見ていたことだけは覚えている。 心が切り裂かれたような夢。すべてを黒く塗りつぶすような夢。もがけども身動きの取れない氷の中に閉じ込められているような夢。 一言で表すなら、悪夢。 このまま自分が自分ではなくなってしまうかもしれない。精神が剥離していくような感覚に襲われる。倒錯した頭が、どこかに吹き飛んでしまうような気がする。 いったいどれほどの時間が経過したのか、しかしまったく魔力が収まりそうにない。このまま暴走が止まらなくて、破裂してしまったら、どうなってしまうのだろう。 頼る人が誰もいない旅の地で、深遠の闇の中に捕われてしまうのではないか。 冷静にならなければいけないのは解っているのに、思考が言うことを聞かない。 まだ夢を見ている気分だった。頭が、心が、攀じれてしまいそう。 ふと、彼女は顔を上げた。暗がりの中に、人影が浮かんでいた。 「……ア……ルフ?」 人影は頷いたが、しかし、その姿はアルフではなかった。 そこにいるのは女性。一瞬お母様かと思ったけれど、髪の色が違うし、服装も何もかもが違う。見ず知らずの女性だ。 だけどその女性は、穏やかな笑みを浮かべて、こちらを見つめている。 見守るように、慈しむように。ほの暗い部屋の中で、淡い光を放ち、手を差し伸べるように、すべてを抱きしめるように。 いつの間にか、レイセリーティアはその女性に身をゆだねていた。女性は、優しく彼女を包み込む。 昔から、心の底から、望み、求めていたもの。ずっとずっと、思い焦がれていたもの。ずっと昔から、与えてくれていたもの。 「独りは、もう……嫌なの」 溢れ行く感情は涙となり、ゆっくりと、彼女を眠りへと誘い込んだ。 (し、死にたい……) 旅に出てから四日目の朝のこと。 レイセリーティアはあまりにも恥ずかしくて、生まれて初めて、このまま死んでしまいたいと心の底から思った。 今はすでに宿屋を出払い、小さな茶店で朝食を食べているところ。小麦粉で作った生地に、野菜と肉をはさんだ簡素な食事をついばんでいる。 アルフの手前、一応平静を装ってはいるが、心の中では羞恥心がぐるぐる渦巻いていた。 顔から火が出るほど恥ずかしいその出来事は朝起きた時にしでかした物なので、時間が経った今はもう忘れた方が良いことは解っているのだが、思い出すたびに頭を抱えて悶絶してしまう。それだけだったらまだしも、悶絶のたびに食事の手が止まってしまい、怪訝そうにアルフがこちらを見るものだから、余計に死にたくなる。 苦悩しているレイセリーティアとは裏腹に、予想以上に旅は順調に進んでいた。 予定では、目的の地域に進むまでに、大体二十日は要すると踏んでいて、昨日宿を取ったこの町までは五日はかかるだろうと予想していた。 しかし毎日が快晴で、風も吹かず雨も降らず、絶好の旅日和が続き、さらにセーラ川に沿うようにして敷かれている街道が最近整備されていたことも有り、予定を大幅に短縮して、嬉しい誤算、三日でこの町につくことができた。このまま行けば、目的の地域へかなり早く到達することができそうだ。 ただ、その地域に着いてからが大変なのは重々承知している。 指輪に浮かび上がる紋章を家紋としている家の分布地域が判明しているだけなので、死地を特定するのはつぶさに調べていかなければならない。それに分布地域を調べた書物も古いものだったので、どこまで信憑性が有るか怪しい。 このような感じで目的の地域に到着してから苦労することは解っているから、順調に旅が進んでいる事は良い事なのだけど、レイセリーティアとしては、もう少しアクシデントを期待していたのだ。 呪具を身に付けてしまう等、不幸の連続から始まったこの旅。 東の都に行ったことはあるけれど西は初めてで、当然アルフとの二人旅も初めてで、ディン山脈の向こうに行くのも初めてで、初めて尽くしの旅路。 家出同然で飛び出してきたのだから、もう少し驚きのイベントがあってもバチがあたらないと思うのだが。 今回の旅の中で、唯一苦労していたのは朝の魔力調整。 呪具を身につけたことによる、魔力の暴走。就寝中は大量の魔力の制御ができない為、朝起きた時には魔力が錯乱しており、すこぶる気分が悪くなるのだ。 一日目二日目は小さな宿屋をとり、アルフとは別々の部屋にしたのだが、三日目は彼と同じ部屋で寝ることになった。 別にこれが恥ずかしかった訳ではない。本当ならばずっと一つの部屋しか取らない予定だったのだが、一日目二日目は一人部屋しか余っていなかったため、別の部屋になっただけのこと。旅ではお金を節約しなければいけないから、同じ部屋で寝ることは事前に了解していたし恥ずかしくない。 なにより、同じ部屋で寝たって、彼が変なことを起こす可能性は無いに等しいし。 それはそれで、悲しいような気もするのだけれど。 とにかく、これが彼女に死にたいとまで思わせた出来事ではないし、そう、それまでは彼女は確かに小さなトラブルを望んでいた。いくらなんでも、この旅の思い出を『朝の調整が辛かったです』にはしたくなかったからだ。 それは、小鳥が歌う爽やかな四日目の早朝。 レイセリーティアはベッドの中で目を覚ました。ゆりかごの中にいたような安心感に包まれながら目を覚ました。心地よい朝だったけれど、ふと違和感を覚える。何故か、寝たときと起きたときの周りの風景が違ったのだ。 なぜなら、そこはアルフのベッドだったから。 アルフの寝顔が眼前にでんと現れて、彼女は状況が飲み込めず、そのまま放心状態になってしまう。 何が起きているのだろうか。なぜ自分がアルフのベッドに潜り込んでいるんだろうか。あまつさえ彼の服をぎゅっと握り締め、離れたくないと言わんばかりの状態である。 寝相が悪かったのか。それとも寝ぼけていたのか。パニック状態の頭では理由を模索できず、そこでアルフが目を覚まし「おはよう」といつも通りに声をかけてきて、ようやく彼女はベッドから跳ね起きた。 そして現在に至るわけだが、未だに彼女は朝の出来事が頭の中を駆け巡っていた。 (なんでアルフはいつも通りなのよ!) やつ当たり気味に、心の中で抗議してみる。 これを初めてのアクシデントと数えて良いのかどうか。しかし彼女にとっては一大事。望んでいなかった大きなトラブルである。それなのにアルフは意にも介さない様子でのんびり朝食を嗜んでいて、一人相撲を取っているようで馬鹿らしくなってくる。 いったん気を紛らわせるため、パンにかぶりつく。おいしい食事なのに状況が状況だから素直に楽しめない。 あれやこれや考えているうちに、そういえば、と疑問点が浮かび上がった。 どうしたことか、今日は朝起きた時に、まったく気分が悪くなかったのだ。 いつもならば呪具の副作用で苦しむはずだったのに、今日だけは呪具を装着する以前と同じく、すんなり起床する事ができた。起き上がったときの眩暈も吐き気もなく、アルフのベッドだったというイレギュラーはあったけど、久しぶりの清々しい朝だった。 それと……夢もどことなく優しい感じで、今まで見た悪夢とは違った。 アルフに聞けばこの謎が解決するかもしれないが、その為にはあの恥ずかしい出来事を思い出しながら訊ねる事になるので憚られる。 まだ半分も食べ終わっていないレイセリーティアに対し、アルフはすでに朝食を食べ終わり、食後のコーヒーを飲んでいた。こんな事悩むのは止めて、早く朝食を終わらせた方が良いのだろうか? 悶々としながら聞き倦んでいると、アルフが話しかけて来た。 「レイティア、最近夢って見る?」 今までの疑問と、当たらずとも遠からずの質問に小首をかしげながらも、答える。 「見てることは確かなの。だけど、覚えてないと言うか、すぐ忘れると言うか……」 身を引き裂かれるような夢を見ているのは覚えているのだけど、内容はまったく覚えていない。今日は違ったけれど、殆ど毎日こうなのだから薄気味悪い。 「それで、夢がどうかしたの?」 「えっとね、夢が死地の手がかりになるかもしれないんだよ」 「どうして?」 「呪具を身に着けてる時に見る夢はね、呪具の夢の可能性が高いんだ」 「呪具の夢って、呪具が夢を見るの?」 「うーん、ちょっと違うかな。呪具が夢を見ているんじゃなくて、呪具の魂が生きていた時の記憶を、装備者が夢として見ることがあるんだ。原理はよく解ってないけど、眠っている時は魔力が制御できない、つまり呪具の魔力が体の中を無造作にめぐる事になって、その時に魔力が装備者に干渉を起こし、魂の夢を見るんじゃないかって考えられてる」 「――つまり、私が見た夢の内容は、呪具の魂が、経験した出来事って意味よね」 「そうだね。だから、夢を覚えていれば死地の手がかりになる可能性が高いんだ。でも、忘れやすいのがその夢の特徴でね。見ていることは解るのに内容を覚えてない場合が多い。自分で見ているのではなく見せられている夢だから、記憶に留まりにくいんだよ。でも、もし覚えてるなら教えて欲しい」 レイセリーティアは小考し、告げる。 「何となく、怖い夢って事は覚えてる」 「怖い夢?」 「そう。心がはち切れそうな夢なの。朝起きた時に汗かいてるし、心臓がバクバク言ってるし……」 必死に夢の内容を思い出そうとするが、これぐらいしか思い浮かばない。記憶に留まりにくい夢とは言え、強烈な恐怖と言う印象を持つ夢を、簡単に忘れてしまうのだろうか。 「でもね、今日見た夢は、……暖かい夢だった気がする」 羽に包まれるような暖かい夢。やっぱり内容は覚えていないけど、今日だけは、なぜか違う印象の夢を見た。 はっと、レイセリーティアは一つだけ夢の内容を思い出し、顔を上げる。 「そう言えば、女の人が出てきたわ。歳は二十代半ば、黒い髪で……。それ以上は思い出せないけど、その女性はとても優しい瞳をしてた。それで、夢の中でその女性に抱き締められて、とっても温かくて……。でも、これだけじゃ何の手がかりにもならないわよね」 「そんな事ないよ。何か一つ思い出せば、連鎖的に思い出す可能性が高いから、まずはそれだけで十分だよ」 十分と言われても、この旅に出る原因を作ってしまったと言う負い目を感じている彼女にとっては物足りない。 一通り話が終り、彼女はまだ終わっていない朝食を再開する。しかし、夢を思い出そうと躍起になっているのでペースは遅い。 せめてあの女性の周りの風景だけでも思い出したい。屋外だっただろうか屋内だったろうか。昼だったろうか夜だったろうか。ほんの些細なことでも良いのだ。 アルフはそんなレイセリーティアを見ながら、少しだけ考え込むような仕草を見せた後、口を開いた。 「朝の出来事覚えてる?」 思案に耽っていた彼女は、すぐにはその問いを理解できなかった。 が、次の瞬間その意味に気付いて、飲んでいたお茶が気管に入り思い切りむせてしまった。 「大丈夫?」 「え、ええ」 内心はまったく大丈夫じゃなかった。来るべき物が来てしまっただけなのだが、タイミングが悪すぎる。 「朝の出来事って……その……」顔が自然と熱くなる。「私が、アルフのベッドに、あの……」 「そう。レイティアが俺のベッドに来たまでの経過、覚えてる?」 事も無げにあっさりと言ったアルフを、本気で恨みそうになった。 「……覚えてないわ」 覚えていたらここまで苦悩する事もなかったと思う。 仮に、家を離れ人肌が無性に恋しくなって、一緒に寝てと頼んだことが解っていたとしたら――いや、それこそ大問題になってしまうのだけど。 アルフはその答えを聞いて、そっかと頷き、また何かを考え始めた。今の短い会話から、次にどんな考察がやってくるのか期待しながらしばらく待っていたが、アルフはじっと考え込んだまま何も喋らない。 「ちょっとアルフ、何かあるんじゃないの?」 レイセリーティアは痺れを切らす。だが対照的に、アルフはあっさりと答える。 「レイティアが恥ずかしそうだったから、これ以上言及するのは止めようかと思ったんだけど」 「恥ずかしくない!」 本当は恥かしいからついカッとなり、机を叩きながら怒鳴った。アルフは少しだけ面食らっていたが、やっぱりあっさりと答えた。 「そうなの? 俺はちょっと恥ずかしかったよ」 レイセリーティアは金魚のように口をパクパクさせながら、愕然としてしまった。 (私、馬鹿みたいじゃない……) これが多分、俗に言う大人の余裕だ。恥ずかしくても、決して言葉や態度に表さない強さ。動揺しても、心の揺れを周りに悟らせない巧みさ。 自分も成長したつもりでいたけれど、八歳の差はここまで精神面に差をつけてしまうものなのか。 意気消沈しながらも、アルフに本題を進めてくれと促した。 アルフが少々特異な性格をしている事を勘定に入れなかったのは、彼女のミスである。 「レイティアの夢の話を聞いて、いろいろ仮説を立ててたんだけど……。その前に、今日の朝、と言ってもまだ暗い時間帯だけど、君は君が一度起きたのを覚えてる?」 「起きた? 私が?」 「そう。いつものようにレイティアは朝の副作用と戦ってて、俺は監視のために起きて域の魔法で君を見ていたんだけど、今日はいつも以上に魔力が混乱がしていて、まったく収まりそうに無かったんだ。長い間辛そうなままで、そうしたら君は俺の方を見て、抱きついてきて……その後、レイティアはすぐに寝ちゃったんだけど、君を離そうとしても服を掴んでて離れないし、握る力も強いし面倒だしで、俺もまだ眠かったからそのままベッドにゴロン――という経過だったんだ」 全然、覚えていない。けど、アルフが嘘をつくわけがない。 「それでね。抱きついてくる直前に、君は俺に『アルフ?』って訊いて来たんだ。俺は頷いたんだけど、君は納得いかないような不思議そうな顔をしたんだ。そしてその時のレイティアの目線は、俺に焦点があっていなかった」 「つまり、どういうこと?」 「その時に見たのが、君がさっき言った女性で――俺の影に、その女性を見たんじゃないか、と言うのが推測。その女性が呪具の魂にとっての家族だったのか大切な人だったか、そこまでは解らないけどね」 「ねぇ、本当に、私からアルフに抱きついたの?」 「うん。結構急だったからビックリしたよ。あ、そうだ。その後『独りは怖いよ』って、泣きながら言ったのも、覚えてないよね?」 「……本当に私? 私がそんな事言った?」 いつもだったらあまりの恥ずかしさに、このまま小動物のように隅っこに縮こまるのだろうが、今のレイセリーティアは一味違った。 「解った、私は呪具に操られてたのね!」 弱音を吐くなんて、普通の自分だったら絶対にしない。いくら怖くて寂しくても、抱きついて涙を流す事はしない。アルフにだったらとは思う事はあるけれど、幾らなんでも『独りが怖いから』では理由が弱すぎると思うのだ。操られたとしなければ説明がつかない。 ふと、自分の発言の真意に気が付いて、ほんのりと赤かった顔から、急速に血の気が引いていく。 「私、操られてた……の?」 「その瞬間だけは操られてたのかもしれないね。幻影を見せられた事が操られた事になるかどうかは別として、呪具の力が直接体に反映した可能性は高い。でも操られたと言うよりレイティアと呪具の魂が、……レイティア、落ち着いて」 「うん、だ、大丈夫」 言いつつも、あからさまに駄目そうな表情をしているレイセリーティア。 レイセリーティアは心霊の類いは特に苦手ではないけれど、実害が出る可能性があるとなると別問題になる。 さらに、ほんの少しの感情の変化でも、呪具の不安定な魔力のせいで、感情の起伏が増大してしまうので、動揺が大きくなっているのだ。 「大丈夫、普通の人が呪具を装備したら、日常生活中にすら支障が出てくるんだから。君はそういう人に比べたら軽症だよ。むしろ、今までにこれだけしか症状が出なかったことが不思議なぐらいだから。レイティアは大丈夫」 何度も聞かされた話だ。そう、自分の症状は大したことがない。むしろ心配するは症状が軽すぎることなのだ。 自分に言い聞かせて、深呼吸をして。心の乱れは、直接呪具の暴走に繋がってしまうから、じっくりと気持ちを落ち着かせていく。 「……大丈夫。続きを言って」 今度は大丈夫。感情のコントロールは、この数日間で随分慣れてきた。 アルフはレイセリーティアの状態を見守りつつ、話を進める。 「ええと……朝の出来事は、呪具の力が体に反映したことは確かだけど、操られた訳じゃなくて、レイティアと呪具の魂がシンクロしたからじゃないかな、って思うんだ」 「シンクロ? それって、操られたのとは違うの?」 「うん、全然違うよ。一番の違いは装備者の意識の有無、かな。操られている場合は呪具が主導権を握っていて、装備者の意識は完全に殺されているから、その時の記憶は残っていないし、体内の魔力が呪具の魔力荒らされる訳だから気分も優れない。でも、シンクロの場合、今まで反発しあっていた呪具の魔力と装備者の魔力が、調和するんだ。今まで別々だった魔力が一つの大きな塊となって、装備者の体内に収まる。後は装備者の技量次第だけど、その魔力を操ることができれば気分も良くなるし、強い魔法も放てるようになる。――ま、これが一般的なシンクロなんだけど、時々、シンクロ中に、呪具の記憶を見ることがある」 「私が見たのは夢じゃなくて、呪具の記憶だったと言うこと?」 「そう。シンクロ中に見る呪具の記憶は、装備者の意識が生きている訳だから頭に残りやすい。でも、あまりにも夢っぽい内容だったから、レイティアは夢だと思ってしまった。って言うのが推測なんだけど」 朝起きたときにすっきりしていたのは夜シンクロしたからで、シンクロした時に女性の夢を見て、呪具の記憶の中でアルフに抱きついたと言うことなのか。 「じゃあ、シンクロができれば、死地の手がかりも掴みやすいと言うことよね」 「確かにそうなんだけどね……」 「何か問題が有るの? 危険は無いんでしょ?」 「シンクロ自体に危険は無いけど、シンクロする条件が良くわかってないんだよ。魂の持ってる記憶と装備者の記憶が類似したとき、魂の経験した状況と装備者の状況が酷似したとき、性格の一致とか感情の同調……と、リンクポイントは幾つかありそうなんだけど、具体的なことはよく解ってないんだよね。呪具を操ってきた過去の偉人達は、シンクロを使いこなしていたはずなんだけど」 「なるほど……」 レイセリーティアは短く相槌を打ち、思考をめぐらせる。 夜中の出来事がシンクロだとしても、これ以上思い出せないのだから意味は無いのかもしれない。夢とシンクロ、両方を上手に手繰って、情報を引き出さないといけないのだろう。 「シンクロね」 アルフの話によると、シンクロが巧く扱えればいい事尽くめらしい。朝の副作用も軽減されるだろうし、魔力のキャパも増える。何より、死地の手がかりをつかめる可能性が高まるのだから、習得できるのならばしてみたいと思うのだが、条件は簡単に見つかるものではなさそうだ。 アルフに抱きついた直前の自分の状態がリンクポイントだと思うのだけど、再現しろと言われてもできるものではない。その上、シンクロは安全だと言われたが、いまいちその感覚が掴めていない彼女には未知の物であり、習得したい傍らためらいがある。 呪具は得体の知れないものだ。今日の朝みたいにシンクロだったら有る程度自分の思い通りになるけれど、もしかしたら操られる可能性だって無いとは言えないのだから。 ふと、レイセリーティアは、とあることに気づいてしまった。脳細胞の一部でひらめいたことが、徐々に思考を蝕んでゆく。 「――シンクロ後は、装備者の意識が有るんだから、装備者が主体で行動を起こすって事よね?」 「うん、基本的にはそうだね」 と言うことは、いくら呪具寄りの行動であっても、自分の考えが優先される訳で。 と言うことは、あの出来事も、自分主体の行動であって。 と言うことは、私がアルフに抱きついたのは、呪具による強制的なものではなくて。 と言うことは? 彼女の顔に大量の紅葉が散り、そのまま思考停止になってしまった。アルフが『大丈夫?』と聞いてくるが、すでに彼女の耳には届いていない。 旅に出てから四日目の朝のこと。 レイセリーティアはあまりにも恥ずかしくて、生まれてから二回目、このまま死んでしまいたいと心の底から思った。 この日、雨が降り出し、しかし二人はこの町を後にした。 止む事を忘れたかのように降る雨の中、ディン山脈の麓の町へ到着する。 |
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