第一章

 アリオストロの魔導店は、裏の裏通りに存在する。
 ダンゼのメインストリートの一本裏は、裏通りと呼ばれずにサブメインストリートと呼ばれている。なぜなら、メインストリートは大手の商人たちが店を広げている為に、個人経営のちんまりした店のほとんどは、一本裏のサブメインストリートに店を構えているからだ。
 サブメインストリートはメインストリートより人通りが少ないとは言え、品揃えや値の安さは断然こちらの方が良く、たくさんの人々が賑やかな声を上げて、この通りにも押し寄せる。
 そして、そこからもう一本裏の通りに行くと、ようやくその魔導店がある裏の裏通りに到着する。
 決して寂れてはいないのだが、もはやそこは住宅が広がっており、商業的な店は激減してしまう。あるとしても小さな雑貨屋や酒場ぐらいで、メインストリートやサブメインストリートのように、たくさんの人が往来することはない。
 そんな裏の裏通りに店を構えている変わり者の彼は、店のカウンター奥に座り、魔具と呼ばれる売り物の整理をしていた。
 魔具とは、簡単に言うならば不思議道具である。
 魔法と言うのは簡単に発動できる物ではなく、感情によって魔力の調整ができなくなってしまったり、周りの状況によって魔法が不安定になったりと案外不便なものなのだ。
 例えば何かに火をつけるとき。火属性を使える人間は楽だと思ってはいけない。魔法を使うためには、まず体を魔法が使える状態にしなくてはならない。それは『昇化』と呼ばれているが、体の中に漂っている魔力を整える事が必要なのだ。その時点で既に、時間と集中力、さらに魔力を多少消費する。
 そして昇化後、魔法をイメージして、構築、発動。当然この時にも魔力を要する。つまり、感覚からすれば二度手間で、小さな蝋燭なんかに火をつけるためだけに、面倒な手順は踏みたくないのである。
 その不便さを解消するものが魔具だ。魔具はすでに昇化されている道具であり、発動条件さえ満たされれば、セットされている魔力が解放され、各々の効果を一定に発動させることができる。
 魔具は一般生活に欠かせないものだった。大手の商人たちは、メインストリートで民間向け魔具を大量に販売し、利益を上げている。
 しかし、アルフが販売している魔具は、何かに火をつけたり、風を送り出したりという、そんな民間向けの魔具ではない。
 特殊魔具。
 民間用魔具は人の手で作られ大量生産が可能なのに対して、特殊魔具は人の手で作ることができないものが多く、希少価値が高くなる。
 特殊魔具の特徴としては、まず第一に、十種の属性以外の属性も発動できるものが在る、と言うことだろう。
 人間が使える属性は火、土、水、風、雷、盾、力、癒、域、伝、の十種類。だが、特殊魔具はこの十種類の属性に分類されない属性を持っている場合がある。
 代表として、浮属性は特殊魔具にしか存在しない。フローティングストーンと言う鉱石兼魔具は有名で、どんな質量のものを上に載せても、かならず地面から一定の距離を保つと言う性質を持っている。これを利用した乗り物などが販売されているが、とても高価で、一般庶民の手が届く代物ではない。
 そんな高価な特殊魔具だけではなく、気軽に買えるお手軽な特殊魔具の方が多いから安心して欲しい。遠くの声を聞くための魔具や第三の目のような物を作れる魔具などの用途が明確な物もあれば、触ると電気が流れるコイン、覗くと自分の後頭部が見える筒など、用途不明確な魔具もあり、それをすべて、彼の店で販売していた。
 今、彼が磨いているのは水晶玉。これは、一定の範囲内に、今まで範囲内にいなかった人や物が入ってきた場合、ほんのり赤く光る特殊魔具だ。
 侵入者探知に使えない事もないが、漏れ出す物がけたたましい騒音ではなく淡い光なので、つねに水晶玉を視界に入れてないと意味がないため効果は薄い。
 特に使い道はないが、いつもインテリアとしてカウンターの隅に置いてある。お客さんが入ってくる前に水晶玉の反応に気付いた回数は、数えるほどしかないけれど。
 その時、水晶玉がほんのりと赤く染まった。手に持っていればいくらなんでも気づくことができる。アルフは視線を扉に向けると、数秒遅れで、ゆっくりと店の門扉が開かれた。
 現れたのは身長が百五十センチほどの男。幼い顔立ちで目がパッチリとしており、口元から絶え間なく覗いている白い歯が印象的だ。彼は体の大きさにより二回りほど大きい服を着ており、裾を何重にもまくったりごついベルトを使用し、何とか体に取り付けているようだ。
 おせっかいな人間ならすぐさま注意したくなるような服装だが、しかしそれより、彼を見る者は必ず視線を上に向ける。なぜなら、彼は小さな体にそぐわないごつく巨大なリュックサックを背負っているからだ。傍から見れば岩石のようなリュックの口からは、得体も知れない何かがイロイロと飛び出していた。パイナップルのようである。
「よぉアルフ、久しぶり!」
「いらっしゃい、トーヤ」
 トーヤと呼ばれた男は、屈託ない笑顔を浮かべながら近くの椅子に腰掛ける。それからパイナップルリュックを床に下ろすと、床がギシリと悲鳴をあげた。
 子供のような体をしているが、トーヤは三十路を過ぎた列記とした大人である。
 トーヤはまさに肩の荷が下りてほっとため息をつき、そしてカウンターに身を乗り出した。
「いやー、今回は凄かったよ、何が凄かったってあの伝説のメンデー島に出かけたって事なんだけどさ、何人かの連れと行ったんだけど、もうその島が凄いのなんのって、まずは外見、あれは何に形容したらいいのか、ドラゴンか悪魔かそれこそ口にできないほどの威容を孕んでいて、見ただけでちびりそうになっちゃったぐらいだよ、それに上陸してからも凄かったね、ほとんど断崖絶壁で上陸できる箇所なんて限られているんだけど、そこにはなぜか魔者が魑魅魍魎の如く徘徊していて、オイラたちが見えた瞬間にいきなり襲ってきたんだ、そいつらの強さは大したことがなかったから何とか撃退できたけど、もういきなりボロボロで、上陸したその日からその場でキャンプだよ、しかもいつ襲われるか解らないからスリリングかつエキサイティングでね、あの状態で熟睡できたのはオイラだけってもんさ、それで次の日に島の中に入り込んで――」
 切れ目もなく、トーヤの話は延々と続く。アルフは嫌そうな顔を一つもせず、商品整理をしながらも、彼の話に相づちを打っていく。
 彼の名前はトーヤ=メレネス。三十二歳の男性で、ありとあらゆる秘境の地に足を運び、彼の足跡がない場所はないと言われるほど(本人は否定しているけれど)の冒険者である。
 彼は旅の合間に執筆活動をしており、起伏に富んだ旅を面白おかしく描いたその本は、様々な人を魅了してやまない。 「で、そのメンデー島にも魔具がいっぱいあってだね、それを一部拝借してきた訳なんだ」
 一時間ほどの旅話を終えたトーヤは、パイナップルリュックを店のカウンターの上にどさりと置いた。
「これ、全部魔具かい?」
「いやいや、半分はオイラの生活用品だよ」
 それを除いても十分多い。
「持ってきたのはいいんだけど、使い方が解らないのも多くて。まずは鑑定からお願いできるかな?」
「了解」

 アルフは杖のような物を手にとり、域の魔法で棒の内部を流れる魔力を感じ取る。魔力の属性は風に近く、ぴょんぴょんと跳ね回るように、忙しなく棒の中を動いている。魔力は杖の先端、表面に集中していた。
 今、アルフが行っていることは鑑定。魔具がどんな効果を持っているのかを調べているのである。ちなみに有料。
 魔具は不用意に触ると予想外の事件が起こる可能性もあり、魔具に明るくない人間が調べようとするのは危険なことで、大抵アルフのような魔具専門家に預けることになる。
 アルフはしばらく杖を眺めた後、近くにあった猫の置物に、杖をちょんとかざしてみた。魔具の効果が発動したと思うと、置物は弾かれたように飛び跳ねて……嫌な音を立てて天井に激突した。
 パラパラと木屑が落ちてくる。置物は帰ってこない。
「と言う魔具なんだけど、どうする?」
 アルフは事故現場を見上げながら眉根を寄せた。天井に穴が空いていて、だけど光が漏れていないことから、置物は屋根裏にでも行ってしまったのだろう。
 彼ですらこのような失態をしでかすのだから、素人の鑑定なぞとんでもないことなのだ。
「えーと、つまり?」
「この杖の先端が物体に触れると、その物体が跳ね上がるんだ。まだこの杖は安定していないから、今みたいに暴発する事も有るけど」
 古くから眠っていた魔具や、長い間使っていなかった魔具には必ず錆びが出てくる。一定期間使っていないと、魔具の中の魔力が狂ってしまうのだ。
 一度魔力が狂ってしまった魔具を直すにはいくつか方法があるが、複雑な魔具になると魔具専門家にしか手に負えない。一日中魔具を身につけて、逐一魔具内の魔力を操作しなくてはいけない場合もあるのだ。
 しかし、魔具専門家の数は多くない。内部魔力の狂った魔具を直さなければいけないし、今アルフがしているようにどういう効果があるのかを鑑定する必要も、さらにはどうすればその魔具が出来上がるのかも考察しなければならず、魔力の流れを読める熟練の魔術師でないと専門家の免許を出してもらえないのである。
 アルフの場合、域の力を使った典型的な魔具専門家である。域の魔法が使えれば魔力の流れを読み取るのが人並みよりは楽になるため、魔具専門家の三割は域の魔法を使えるといわれている。人間全体で域の魔法が使える割合が一分以下だとすれば、占める割合は大きい。
 アルフは熟練の魔術師だし、何より域の魔法もS+++を誇り、巷ではアルフ以上の専門家はいないと言われているほどだ。本当ならば、大手の魔具取扱店から引っ張りダコになりそうな彼だが、一般人と趣向が違う為に、個人経営の魔導店を開いているのだ。
「役に立ちそうだけど……使わないだろうな。買い取ってくれよ」
 トーヤが腕を組みながら答えた。
「1000シークでいいかな?」
「おう、問題ないぜ」
 このように、明確な用途がなく、いつどこで使えばいいのか解らないような魔具を集めるのがアルフの趣向。一般向けの魔具は彼の興味の外地なのだ。
 冒険者のトーヤはこの店の常連客。あらゆる場所を巡り、旅行記を書いている上で、未開の地に眠る摩訶不思議な特殊魔具をアルフの店に売りに来ているのだ。
 誰も入らないような島や森にある魔具は、大抵一般の規格から外れている為、並の魔具店では買い取ってもらえない。トーヤの活動拠点の一つであるこの町では、アルフの店が数少ない買取所のため、必然的に常連になった。
「次はどこに旅に出かける予定?」
 新たな魔具を鑑定しながら、アルフは訊ねる。
「そうだな、まずは旅行記を書き上げてからだけど……あー、しかもその前に、たくさんの後援者に挨拶に行かなくちゃいけないんだよな」
 旅行記を書き上げて売り出してはいるが、印税だけでは旅の資金をまかなう事はできない。そのため、奇抜で新鮮で斬新な旅の話と引き換えに、貴族から資金を援助してもらっているのだ。
 意外と物好きは多いもので、ダンゼの町や王都などに合計二十名ほどの後援者がいる。なお、恵んでくれるお金によって、立ち寄る頻度が変わるのは当然の事だ。
「今回の旅は必ず聞きたいという富豪さんが多くてな。その富豪さんの一人がちょっときついんだよ。至れり尽せりの待遇をしてくれるのはいいんだけど、骨の髄までしゃぶりつくように旅の話を聞いてくるから、精神的に参っちゃうんだよな」
 心底嫌そうな顔をしているトーヤ。
「そんなに嫌なら行かなければいいのに」
「そうもいかないんだよ、なにせ上物の後援者だから、機嫌はできるだけ取っておかないと。それに根はいい人だから、断れなくてな」
「応援してくれてるんだから、いっぱい話をしてきてあげなよ」
「そうだな」と、トーヤは苦笑しながら頷いた。
「それで、次の旅行先だったな。次回の予定地はまだ決まってないけど、今回の旅が東の方だったから、それ以外かな。北のデンバーク遺跡でも良いし、南に行ってここと違う風習を楽しんでくるのも良いし、西に行ってディン山脈越えてエルディムの町に行くのもいいし。そうそう、ディン山脈と言えば」
 トーヤはリュックから薄汚れている本を取り出した。題名は『オイラの見たい珍獣図鑑』。本を開くと、見るからに狂暴そうな熊の挿絵が飛び出してきた。
「前回行ったときには見られなかったんだけど、ストライキングベアと言う珍しい熊が生息しているみたいなんだ」
「ストライキングベアなら俺も聞いたことがあるよ。確か、土の魔法を使うんだっけ?」
「そうそう、通常の熊と比べて二倍以上の体つき、大木を一撃の元にえぐり倒す強靭な爪、全身を包んだ漆黒の毛、睨みだけで相手を竦ませる金色の目玉、そして地の利を最大限に活用した土の魔法、しかもその魔法の威力はAの後半からSランクとも言われてる、本当に珍しい熊なんだ」
「そんな熊、見つけちゃったら大変じゃないのかい? あっという間に襲われて食べられちゃいそうだけど」
「いや、ストライキングベアは性格が温厚で、人を襲う事は滅多にないらしいぜ。ストライキングベアは頭が良いから、よほどの事がない限り荒事を好まないんだろうな」
「そんなに頭が良いと、人前に姿を見せることも無いんじゃないかな?」
「そう、そこなんだよ。目撃者は居るけどストライキングベアは流れ星のような存在でさ。人前になかなか現れないどころか、見つかったらすぐに逃げちゃうらしいから、会うのは難しそうだな。それにディン山脈には山賊が出るっていう物騒な話もあるし、うーん、悩ましいぜ」
 語るトーヤの瞳はキラキラしていた。危険と波乱に満ちた旅ですら、彼なら楽しいものにしてしまうのだろう。
「トーヤは行ってない所ってあるのかい?」
 アルフの質問に、どうして嬉しそうに、トーヤは笑った。
「当たり前だろ。まだまだオイラが踏破した場所は一割にも達してない。それに、一度行った場所でも、もう一度行くと新しい発見が必ずあるんだぜ。この町だって例外じゃない。毎日毎日違う景色を見ることが出来るんだから、どこに行っても飽く事はないさ」
「俺にはちょっと解らないな。年に何回も旅に出かけたら疲れちゃいそうで。一年に一度あるかないかぐらいが丁度良いよ」
「ま、アルフにはわっかんねぇだろうな。と言っても、オイラもアルフみたいに、魔具に囲まれてる生活は楽しいと思わないぞ」
「そう? 結構楽しいよ。魔具はできるだけ日を置かずに手入れしないといけないから愛着が沸くし、今日みたいに新しい変わった魔具に触る事もできるし。魔具といっても多種多様だしね。一番不思議な所が、人が使えない属性を魔具は持っている事かな。浮とか氷とか衝撃とか、研究によっては今後その属性を俺たちが使えるようになるかもしれないんだよ」
「そりゃ興味のある話だが、でもやっぱり、オイラは追及したいとは思わないな」
 一呼吸おいてから、トーヤは自信満々に告げる。
「アルフは魔具オタクだな。そしてオイラは旅オタクだ」
「オタクかぁ。そうじゃなくちゃやってられないのかもね、こんなこと魔具専門家なんて」
「そうそう、やってられないよ、こんなこと冒険者なんてな」
「さてさて。はい、オタクの鑑定結果によると、この魔具は」
 アルフは手に持っている円盤状の魔具を、ひょいと前方に投げた。円盤は弧を描いて、またアルフの手元に戻ってくる。
「と言う風に、障害物にあたらない限り、必ず手元に戻ってくる円盤。さらに、投げる直前に魔力を込めれば、その属性を持った武器にもなる」
「へぇ、面白そうな魔具だな。魔力を込めるって、具体的にはどうすればいいんだ?」
「この魔具を手に持って、体を昇化させて、体の中に……トーヤの使える魔法の属性って風だっけ?」
「ああ、オイラが使える魔法の属性は風さ」
 トーヤの風のランクはA++、癒のランクはC++、総合ランクはB++++だ。
「じゃあ、体の中に緑色の魔力を生成して、その魔力を魔具の中に送り込むようなイメージを思い浮かべれば、自動的に魔力を蓄積してくれるよ」
「慣れてるやつには楽なんだろうが、オイラには難しそうだな」
「思うより簡単だよ。やってみる?」
「危なくないか?」
「込める魔力を少量にすれば大丈夫」
 トーヤは円盤を受け取り、真剣な眼差しになる。
「体を、ランクDぐらいの風の魔法を放つ直前の状態にして」
 アルフの言うとおり、トーヤは体を昇化させ、体の中に風の魔力を作り出す。
「そして、魔具を持ったまま、魔具に魔力が流れ込むようなイメージを持つ」
 言われた通りにイメージを持つと、体の中の魔力が移動していくのが解った。魔具を見ると、少しばかり風を帯びているようだ。
「へー、簡単だな」
 もっと難しいと思っていたトーヤは、拍子抜けしてしまったようだ。
「簡単だって言ったじゃないか」
「まぁ、そうなんだけどな。そうだ、魔力を込めるって、いくらでも込められるのか?」
「いくらでもって訳ではないよ。許容量はいまいち解らないけど、ランクA程度の魔力だったら込められると思う。蓄積させた分だけ、威力は増すよ」
「たくさん魔力を込めれば、障害物もスッパリザックリと切れるようになるのか?」
「多分ね」
「よし、これは持って帰る。使い方次第では相当役に立ちそうだからな」
「トーヤの属性が風だから、巧くやれば遠くの物を持ってくることもできるかもよ」
「そりゃあいいね。オイラの旅に役立ってくれそうな魔具だな」
「とりあえず、鑑定料100リール」
「あいよ」
 アルフはお金を受け取ると、次の魔具の鑑定に入る。ようやく、最後の一品だ。
「これは――」
 L字状の金属。片側は太く握りやすい形状で、もう片方は直径三センチ程の筒状。L字の角の部分には、二センチほどのくぼみがあった。
 アルフは後ろの本棚から分厚い本を取り出して、とあるページを探し出した。
「魔導銃か」
「アルフが本を取り出すってことは、よほど珍しい魔具なのか?」
 アルフは頷くと、本と魔導銃をしげしげと見比べる。
「どうやら、魔力の帯びた専用の『珠』をこれにはめ込んで、この、トリガーを引けば、珠の中の魔力が一気に放出されて、筒の直線状に珠の属性の魔法を射出する……となってるけど」
 トーヤはごそごそと、懐から袋を取り出した。
「珠ってこれか?」
 アルフは袋を受け取ると、器の中に中身を出した。直径二センチぐらいの水晶球が転がった。赤橙黄緑青藍紫の七つ七種類。一つ一つは透き通っていて、緑の珠を持ち上げて覗いてみると、トーヤの顔が緑に染まりながらもくっきりと見えた。
 これほどに純粋な水晶を作れるとは。美しい色彩を奏でる珠を見つめ、アルフは驚嘆しつつ、域の魔法で魔力の流れを調べてみる。
 表面に結界が張ってある。これは、珠の中の魔力を暴発させない為の結界だろう。そして珠の内部には、二層になって魔力が詰められていた。外側を流れるのは無色の魔力。魔力というのは属性を付加しないと効力を発揮しない事から、後々何かしらに変化する事になる。そして中心には緑色をした風属性の魔力が封じ込められていた。これは珠の核だ。この中心の魔力が、珠全体を保っていて、属性を決めているようだ。
 他の水晶を調べると、各々、核となっている魔力の属性が違った。赤は火、橙は土、黄は雷、緑は風、青は水、藍は氷、紫は衝撃。
 アルフは魔導銃のくぼみに、緑の水晶玉を装填してみる。ぴったりと、その珠はくぼみに収まった。
 今度は装填後の魔導銃全体を、域の魔法で調べる。魔導銃は、特に筒状の部分は魔力で金属の耐久値を大幅に上げてあった。やはり、発火点はトリガーと呼ばれる部分で、ここに触れるか何かすると、発動するに違いない。
「なぁアルフ、調べてる所悪いんだが」
 暇そうにしていたトーヤが声をかける。アルフは顔をあげた。
「ん、なんだい?」
「もしそれが気に入ったのなら、やるぞ。ただで。しかも珠付きで」
「え、いいのかい? 売るとしたら相当な値がつくよ?」
「ああ、その代わり――」
 トーヤは懐から、大事そうに、木で作られた小箱をカウンターに置いた。
「これを引き取ってもらいたいんだ」
 歳月が経っているのか、小箱は腐り始めボロボロになっている。アルフは小箱を持ち上げ、蓋を開けてみた。
 とたん、アルフの表情が険しくなった。長い間それを見つめた後、トーヤに視線を返す。
「どこで手に入れたんだい?」
「実は、メンデー島以外にも色々寄ってね。その時に入手しちゃってさ」
「トーヤも運が悪いね」
「全くだ。これさえなければ今回の旅は万々歳だったってのに」
 アルフはまた小箱の中に視線を落とし、それからゆっくりと蓋を閉めた。
「解った。魔導銃と引き換えに引き取るよ。こんなもの俺の店以外で引き取ってくれないもんね」
「そーなんだよ。他の店では断固突っぱねられるか、逆に法外な値をふっかけて来るかどっちかだからな。何も知らない奴にあげてもいいんだが、それは罪悪感が酷いし」
 トーヤは引き取ってくれると聞いて、安堵の表情を見せる。よほどそれを持っていることが重圧だったのか、打って変わって清々しい笑みを浮かべた。
「これはこっちでどうにかするよ。方法はいろいろあるけど、厄介な事には変わりないからね」
「すまんね、オイラの尻拭いをさせる感じで。その魔導銃だけじゃ割に合わないかもしれないな」
「いやいや、そんなことは無いよ。この魔導銃は相当な遺物だから、こっちがプラス収支じゃないかって思ってるぐらいだよ」
 魔導銃は珍しい特殊魔具の上に、欠損もさび付きも見当たらない。普通に売るとしたら10万シークは下らないはずだ。
「そうだったらいいな。で、その魔導銃とやら、動きそうかい?」
「うん、二つで一つの効力を発する魔具は珍しいけど、全体を通して魔力の乱れも無くて、暴発する事も無いだろうし、すぐにでも試せるよ」
 アルフは天井に銃口を向ける。
「おいおい、ここで試す気か?」
「大丈夫、この珠に入っている魔力では、大した威力は生み出せないよ」
 せいぜい、天井をきしませる程度だろう。この珠属性が風と言うこともあり、被害は特に無さそうだ。あわよくば、先ほど屋根裏部屋に移住した猫の置物が落ちてくる事を願うのみである。
 アルフはトリガーに触れてみる。しかし、それだけでは何も起こらない。いじくってみると、手前に少しだけ動いた。再度狙いをつけて、今度は一気にトリガーを引いた。
 珠の色は緑。属性は風。
 瞬間、アルフは、背筋が凍るのを感じた。そして、自らの判断ミスを後悔した。
 域の魔法を発動していた彼は、魔力の流れを感じ取っていた。ありとあらゆる場所にある風の魔力が、銃身に集まり、魔力の量が何倍にも膨れあがっていく。
 トリガーが、珠に包括されている魔力を放出させる為の装置ならば、珠の中の魔力は、魔力をかき集め威力を何倍にも増幅する為の起爆剤―――
 引き金を引いてから、僅かコンマ一秒で膨大な魔力を溜め込んだ魔導銃は、激しい光を銃口から吐き出した。
 強大な竜巻へと化した魔力は、アリオストロの魔導店の屋根を、粉々に打ち砕いた。

 呆然と、二人はそれを見上げていた。
「アルフ、大した威力が、なんだっけ?」
「……なんだったっけ?」
 魔力を失った緑色の珠は、はかなくも、青く美しい空を写しだしていた。



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この作品の途中「こんなこと」にルビが振ってありますが潰れてるのでこちらに書いておきます。
前者「魔具専門家」後者「冒険者」


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