19

 レイセリーティアが目を醒ますと、そこはすでに山脈の頂上、巨木に寄りかかり眠っていた。アルフか誰かが運んでくれたのだろうか。
 立ち上がろうとしたらめまいが起き、頭を抑えた。あまり気分がよくない。呪具による副作用と、シンクロが解消された事による急激な魔力の減退のせいだ。ただ、今はいつもよりは気分が優れている方で、体調の悪さより精神面の方が影響を与えてるのかもしれない。
 彼女は視線を上げると、そこにシディの姿があった。
「心配かけたわね」
 シディの首筋を撫でてあげるとシディが身を寄せてくる。シディの体を支えにしながらレイセリーティアは立ち上がりあたりを見渡した。するとすぐにアルフの姿が目に入る。彼は彼女が起きているのに気が付くと、近づいてきて水を差し出した。
「気分はどう?」
「そんなに悪くないわ」
 水を受け取りゆっくりと口に含んだ。冷たくて美味しい水だ。空っぽになっていた体にじんわりと染み込んでゆく。
 水を飲み干して、深呼吸一つ。それから胸に痞えている疑問を吐き出した。
「ストライキングベアは……どうなったの?」
「森に帰っていったよ」
 ストライキングベアとレイセリーティアが気絶した後、アルフはお墓を作ることにした。ベアの了承なしはどうかと思ったけれど、いつまでも亡骸をさらしておくのも居たたまれなく、簡素ながら作り終えた。
 しばらくしてストライキングベアが先に目を覚まし、重い体を引きずるようにしてそこから去ったと言う。
 二人に、特にレイセリーティアに有り難うというように鳴声をあげて。
 その後、アルフはレイセリーティアをシディに乗せて、ここまで連れてきたとの事。
「私、結局何もできなかったのよね」
 悲痛な声の主を助けるとか救うとか豪語したけれど、自分がしたことはベアの暴走を止めただけ。事後は全部アルフ任せだったし、どことなく不完全燃焼気味なのが否めない。
「そんな事ないよ。最善のことはできたよ」
 アルフはそう言ってくれるけど、呪具の魂シュカもこれでまずは満足だと感じているみたいだけど、心に漂う絵も言えぬこの気持ちは拭い切れない。私は完璧を求めすぎなのか、ただ強欲なだけなのか。
「……そうね、割り切らないと、駄目よね」
 ベアも有り難うと言ってくれた。納得ができる終わり方だった。そう、自分に言い聞かせる。
 聞きたいことも聞き終わり、緊張が切れたのか体が揺れる。立ちっぱなしも辛いので、巨木に寄りかかり座りなおした。
 視線が低くなったことで、アルフの足が見えた。
「アルフ、……その、怪我は大丈夫なの?」
 今更だが、改めて見ると彼の怪我は酷い。一番初めに見た時は切羽詰まっていた事もあってよく解からなかったが、出血の量は酷く、巻いてある包帯は真っ赤に染まっている。
「血は止まったかな。さっきまで血が止まらなかったから焦ったけど」
 彼は微笑んでいたが、怪我だけを見たら笑っていられない。
「それにしても、山賊団の人たち遅いね。本当はこの傷を癒の魔法で回復促進してもらいたいんだけど。一応広範囲、崖のあたりまで域の魔法をかけてるんだけどね、まだ見つからないんだよ」
 レイセリーティアは、ギクリと顔を強張らせる。
「あの、アルフ、その事なんだけど……」
「お、レイセが起きたか」
 と、向こうからジャスナがやってきた。ジャスナも酷い傷を負っていた。動く分には支障はなさそうだが、頬はザックリと切れ、いたるところに青アザがある。頬に三閃目の傷ができちまったなぁと本人は笑っていたが、顔に巻かれた包帯は痛々しい。
 レイセリーティアは、ジャスナを見たとたん立ち上がり、やはりアルフを壁にするように移動した。彼女は何かを言いかけていたのだが、口をつぐんでしまった。
「レイセ、お前は大丈夫か?」
 ジャスナが訊ねると、レイセリーティアはアルフに小さく耳打ちをする。
「大丈夫だってさ」
 相変わらずのレイセリーティアの様子に、アルフが肩をすくめながら答えた。
「ったく、俺が怖いなんてやっぱレイセはお嬢様なんだな」
 と、ジャスナは豪快に笑う。ジャスナはレイセリーティアが戦っている場面を見たことがないから、当然と言えば当然なのか。
 ふと、ジャスナが真面目な表情になった。
「なあ、アルク、勝負しねえか」
「勝負?」
「そう。タイマン勝負。さっきのは途中で邪魔が入っただろ。だからここで決着を――」言いかけて、ジャスナは首を振った。「いや、そんな事はどうでもいいんだ。あの勝負はオレの負けだからな。結果的にオレのほうが先に着いたが、勝負には負けた。お前の勝ちだ。域の魔法でオレたちの動向を見ている団員たちも、その点は理解してくれるだろうよ」
 ジャスナは、アルフに拳を突きつけた。
「オレは純粋に、お前に勝負を挑む。幸いお互い怪我の条件は同じだからな。お前はその魔具を使用してもいい。どっちが強いか、決めようぜ」
 ジャスナの眼差しは、真剣そのものだった。この一途な漢らしさが、山賊団員を惹きつけている魅力でもあるのだろう。
「いいよ」
 アルフは承諾した。
 彼は眼鏡を外しレイセリーティアに渡すと、その場から離れる。巨木と、シディ、ドーゼル、そしてレイセリーティアが見守る中で、二人は対峙した。
「アルク、手加減すんなよ」
「しないよ」
 ジャスナは体を昇化させてゆく。全身から魔力が噴き出し、アルフに強烈な威圧を与える。怪我をしていると思わせない堂々とした出で立ちは、戦士そのものである。
 レイセリーティアは、アルフから渡された眼鏡を見つめた。彼が眼鏡を外す時は、本気を出す時。視覚という余計な情報をはぶき、域の魔法の妨害にならないために。
 アルフはそっと目を閉じた。体を昇化させてゆく。域の魔法を展開させてゆく。
 ジャスナは、アルフの姿を見つめていた。
 先の戦いから、アルフが強いという事は解っていた。含有している魔力の量も半端ではないと感じていた。だからこそタイマンを挑み、打ち破ってこそ自分が強いのだと再確認できると思っていた。勝率は五分五分、少しこちらに分があるとすら思っていたのだ。
 ジャスナの背中に、冷や汗が流れた。
 それは、とんでもない勘違いだった。
 昇化しきったアルフの体。本来なら、昇化している時、どんな天才でも魔力は必ず漏れる。昇化の精度が高ければ高いほど、単純に言えばこれから使用する予定の魔力が多ければ多いほど、魔力の漏れは激しくなる。
 しかし、アルフからはオーラが微々たりと洩れ出ていなかった。そこにいるのに、すぐに見失ってしまうような気さえするのだ。アルフの存在感が極限まで薄くなっているのに、アルフの中を流れる魔力の塊に、ジャスナの体が震えている。
 勝てる気が、しない。
 数秒間の静寂を先に破ったのはアルフ。目を瞑ったまま彼は一歩を踏み出した。そう思った瞬間、すでに数メートルの距離を縮めていた。
(へっ、あの魔具は使わないつもりかよ)
 もっとも、あの魔具を使用したら怪我で済まない可能性もあるから、それを考慮してのことだろう。ただ、魔具を使わないなら、自然属性の魔法を使えないアルフは近づかない限り攻撃をができない。 
 ジャスナは雷の魔法を展開する。こうすればアルフは近づけないし、大した威力はないが当たれば数秒はアルフの動きを止められる。そうなれば後は強の魔法で攻撃すればよい。
 しかしジャスナの思惑は崩れ去る。ジャスナが放つ雷の魔法はアルフの華麗なステップによって次々と避けられ地に吸収されていく。アルフは徐々にジャスナに接近していた。
 ジャスナは作戦を変更した。黄色に染めた魔力を強の魔力に練り変え、強の魔法で全身を包み込んだ。ここで魔力を使い切ってもいい。温存なんて生ぬるい事を考えていたら、敗北は確実。彼の体から、あたりを震撼させるオーラが放出された。
 それでも、アルフは気にも止めない。あっという間にジャスナの懐まで飛び込んできた。
(いくらなんでも早すぎるぜ!)
 ジャスナは顔を引きつらせながらも、右でフックを繰り出した。フックといえど、強化されたその攻撃は、もし喰らったのなら骨が折れてしまうほどのダメージを受ける。
 しかし、あっさりとその攻撃は空を切った。その隙をついて、アルフは右の拳をジャスナの腹に打ち込んだ。
 ズシリと、内臓まで響くようなパンチ。こんな事ありえないと、ジャスナは驚愕した。
 強の魔法で極限まで硬くした腹筋の上から、確実にアルフはダメージを与えたのだ。ナイフですら奥まで突き刺さらないという、強化後の腹筋にだ。
 ありえないと思ってしまったことで、ジャスナの思考が一瞬止まってしまった。それは、ジャスナの負けを早めてしまった。
 アルフは防御姿勢が崩れたジャスナの腕を取り、足をかけ、その巨体を倒しこむ。ジャスナは抵抗すらできずに視界が流れ、背中が地に付いた。
 呆然としている仰向けのジャスナに、アルフは魔導銃を突きつけ、勝負は決した。
 まさに秒殺だった。力の差を、これぞとばかりに見せ付けられて、ジャスナは諸手を上げた。
「完敗だ」
 清々しいまでの負け。まだまだ世界は広いのだと、痛感させられた。
 アルフは立ち上がり、手を差し出す。ジャスナは手を取り立ち上がった。
 立ち上がっても手を結んだまま、ジャスナは言った。
「おめえみてえな強い奴とやれて良かった。まだまだオレも強くなれるって事だ」
「ジャスナなら絶対強くなれるよ」
 握手をしながら、互いの健闘を称えあう。
「つぁあああ! でも、やっぱり悔しいもんは悔しいぜ!」
 と言いながら、ジャスナはその場で横になる。アルフの力は認めるけれど、自分の力が到底及ばなかった事は悔しい。アルフは息一つ乱しておらず、この歴然とした差は、一朝一夕では覆らないだろう。
「あーあ、あいつらにカッコ悪い話するしかねえなぁ」
 今からここに来るはずの団員たち。惨敗だった事を話すのは悔しいが、仕方がないことだろう。負けは負けと認めてこそセンサリー山賊団団長である。
「それにしても、あいつら遅いな……。なあアルク、あいつら今どこら辺だ?」
「それが、捕捉できないんだよ。崖のところまでは域の魔法を張ってるんだけどわからなくて。もっと広範囲にした方がいいのかな」
「て言うかよ、レイセが来たおかげで助かったから文句はいえねえんだが、どうしてレイセがあいつらより先に来てるんだ? レイセは人質でもあったから、あいつらが先に行くことを許すとも思えねぇんだが。それは置いといてもだ、レイセがもうここにいるんだから、あいつらだっていくらなんでも着いてていいはずだろ」
 そんな話をしていると、トコトコとレイセリーティアがやってきて、アルフにそっと耳打ちする。
「……そっか。ジャスナ、団員たちがここまでくるには、相当時間がかかるよ」
「あ? なんでだ?」
 アルフは肩をすくめて言った。レイセリーティアは少し気まずそうだった。
「レイティアが、全員のしちゃったんだって」

 団員たちが巨木に到達したのは、ほとんど日が落ちてからだった。
 アルフとジャスナは癒の魔法で回復してもらい、とりあえずその日はその場で野宿。次の日、山を下り始めた。山賊たちは二人を麓まで送ってくれると言うので、その誘いを喜んで受けた。下りる時には、さすがにアクシデントはなかった。
 麓にたどり着き、キャンプファイヤーが行われることになった。賑やかなお別れ会である。
 レイセの隣にアルフがいて、焚き火をはさんでジャスナがいる。ジャスナが近くにいるとレイセリーティアが怖がるとの配慮である。
 ジャスナはストライキングベアとの戦いやアルフとの戦いを、粉飾しながら周りの団員に熱弁していた。アルフとの戦いは数時間も続いたようなことになっており、ベアとの戦いは、前半は彼女自身が直接見ていたわけではないから解らないけどアルフの苦笑から粉飾具合が推し量れるし、後半なんてジャスナの憶測だけの美談である。しかも何故かジャスナが気絶しなかったことになってるし。
 二人はジャスナの演説に聞き入る山賊団を遠巻きに眺めながら、用意された食事をついばんでいた。
「よくあれだけ口が回るわね……」
 少々呆れ気味にレイセリーティア。自分も話を粉飾する時はあるが、当事者がいる場所でやることではあるまい。この勢いだと、一週間後にはベアを倒したのはジャスナ一人の力と言うことになりそうだ。
「俺はジャスナのタフさに驚いてるけど。全然疲れてる様子を見せないんだよね」
「それは言えてるわね。普通、昨日今日で疲れなんて取れないわよ」
 あれだけ魔力体力を消費したのに、今まったく影響を受けていないのは賞賛に値するかもしれない。
「ねえ、アルフ。今更だけど、疑問に思ったことがあるの」
「なんだい?」
「ベアの子供、どうして死んでたのかしら」
 事故なんかではない。刃物での傷、魔法での損傷、これは人為的な殺し。
「俺もその点が気になってたんだよね。ジャスナたちにも聞いたんだけど、彼らは知らないってさ」
 ジャスナはストライキングベアを初めて見たと言っていたし、当然ベアの子供が殺されていたことを知っていたはずもなく、団員たちからもそんな話は聞いていないとの事。
 センサリー山賊団以外の山賊団が行った可能性もあるが、ここらは彼らの縄張りでそれは考えにくい。わざわざ抗争の火種を作るためだけにベアを殺しにはこないだろう。
「そうなると、他の人間と言うことになるのよね。でも、理由は何かしら。怨恨か、たまたまベアと遭遇しちゃって攻撃したか、単なる酔狂か……」
「怨恨はなさそうだよね。ベアが人前に姿を現して誰かを攻撃するとは思えない」
 今回は我を忘れていたからだけれど、もともと温厚で人前に姿を現さない動物なのだ。トーヤ曰く、ベアの出現回数が極端に少ないことから、ストライキングベア絶滅説が毎度流れるのだと言う。
「たまたま遭遇も、ないわよね」
 アルフも同意する。
 たまたまベアに遭遇して恐怖で殺してしまった。可能性としてなくはないし、これだったら仕方ないと思える。
 けれど、子供のベアの殺され方は正当防衛の域を遥かに越えていた。正当防衛だったのなら、きっと親ベアもあそこまで心を失わなかっただろう。我が子の血に染められた空間を見てしまったから、ストライキングベアは理性が吹き飛んだのだ。
「……酔狂だとしたら、一番許せないわね」
「そうだね」
 酔狂だとしても、わざわざディン山脈に上ってまで行う事なのかは疑問だ。議論の種はは尽きそうにない。結局すべては謎だ。
 ジャスナの演説会が終わり、山賊団員たちが食事へと戻ってくる。一人がレイセの隣にやってきて話し掛けてきた。
「レイセ姐さんもアルフの兄貴も凄いんすね。お頭の話を聞いて感動しちゃいましたよ」
 山賊団員の口調から解るように、レイセリーティアとアルフの地位は向上していた。初めは『団長>副団長>その他団員>レイセ=アルフ』だったのが『レイセ>アルフ=団長>副団長>その他団員』となっており、レイセリーティアに至っては神格化されている。アルフは兄貴と呼ばれ、レイセリーティアはレイセ姐さん、またはレイセ様と呼ばれていたりする。
 アルフの地位が上がる理由はジャスナに一騎打ちで勝利したからだけれど、レイセリーティアの地位がそこまで向上した理由が解らない。
「シンクロしたとき余裕がなくて、つい、三段階目になっちゃったのよ」
 と、レイセリーティアがぺろりと舌を出しながら言った。
 いつもの状態が一段階目。口喧嘩をする時が二段階目。そして、相手を高圧するのが三段階目。三段階目は、いわゆるキレたと言う状態である。
 キレたら最後、相手はその威圧になす術なく屈服してしまう。アルフも一,二度その姿を見たことがあるが、その気迫まさに修羅の如く、対峙してしまった相手に同情するだけだった。
 そんなこんなで二人の地位は高くなり、敬語を使われるようになり彼らの態度も恭しくなった。なんとも体育会系な組織である。
「あれ、レイセ姐さん、肉は食べないんですか?」
「ええ、ちょっとね」
 子ベアの死体を見てしまったから、何となくディン山脈で獲った獣の肉は食べたくなくなってしまったのだ。登山の初めの頃は兎の肉を食べていたのだから、少々皮肉ではある。 
「ねぇ、副団長呼んできてくれる? ついでにこのお肉も食べて良いわよ」
「肉が駄賃っすか。ま、いいっすよ」
 そう言って肉を持っていった団員は「よっしゃぁ! レイセ姐の食いかけだぜ!」と騒いでいたから任務を遂行してくれるのか怪しかったけれど、テーセが動いたのを見て一安心。
「あんな事になってるけどいいのか?」
 やってきたテーセの第一声。いつの間にか肉は奪い合いになっている。
「気にしてないつもりだけど、さすがにあそこまでやられると嫌ね」
「だろうな」
 テーセは笑った。テーセはジャスナと共に、レース後にも口調を変えなかった人である。テーセは一度レイセリーティアの隣に腰をおろそうとして、結局アルフとレイセリーティアの前に座った。
「変に嫉妬されても困るからな」
 アルフのことかと思ったけれど、他の山賊団員の視線も厳しい。そもそもアルフが嫉妬心を抱くとは思えないし。
「で、なにか用があるんだろ?」
「ええ。単刀直入に聞くけど、アイーゼ家って知ってる?」
 シンクロを体験したことで、夢の内容を少しずつ記憶できるようになってきた。その夢の中に出てきた魂の名前が、シュカ=アイーゼ。それだけしか覚えていないのだが、今まで何も覚えられなかったのだから大きな収穫である。
 少しでも情報が入れば儲けだと思っていたのだが、テーセの返答は予想外のものだった。
「アイーゼ家か? 知ってるが、アイーゼ家に何か用事があるのか?」
「知ってるの!?」
「知ってるも何も、アイーゼ家っつったらエルディムの町を牛耳ってる貴族だろうよ」
 エルディムの町。そこは美食の町として知られる観光の町である。
「別名夢の国って言ってな。それは綺麗なつくりの町で、たくさんの観光客が訪れるって話だ。ま、俺達には縁のない場所なんだけどな」
 エルディムの町のことは聞いたことがある。それはそれは素晴らしい町で、来るものを魅了してしまう夢の国だと。
 そんな町で、シュカのような子供が生まれるのだろうか?
「アイーゼ家って、何か悪い噂でもある?」
「いや、そんなの聞いたことがないな。と言っても、所詮俺の情報だから当てにならないけどな」
「そんな事ないわ。ありがとう」
 突然、テーセが笑い出した。
「何よ。人の顔を見て笑うなんて失礼ね」
「悪い悪い」テーセはアルフに耳打ちするように「あんなおっかない顔もできるのに、こんな可愛い顔もできるんだから、男としてはたまらないよな、アルク」
「そうだね」
 アルフとテーセは二人だけで笑い始める。
「え、え、何の話?」
「最後の夜を楽しめって話だよ。それじゃ、そろそろ俺があいつらをまとめないと暴走し始めるから、また後でな」
 テーセは手をひらひらとさせながら、既に出来上がっている山賊たちの中へ入っていった。
 山賊たちはテーセの乱入に盛り上がりを見せ、テーセは揉みくちゃにされている。それだけだったら見ていて微笑ましいが、数人がちらちらとこちらを見ており、後少ししたらこちらになだれ込んで来そうだ。
「次の目的地が決まったわね」
「エルディムか。どんな町なんだろうね」
「夢の国って言うぐらいだから、凄い町なんでしょうけど」
 少し楽しみで、少し怖い。どちらにせよ、行ってみなければ解らないと言うことだ。
 次の目的地が決まったところで、アルフはついにその疑問をレイセリーティアにぶつけた。
「ところで、どうしてジャスナのこと避けてたの?」
 レイセリーティアは、少しためらいながらも、はっきりと告げた。
「ああいうタイプバカは苦手なのよ」
「……そっか」
 酷いとは思ったけれど、特に言及しないことにする。
 その後、センスの悪い山賊たちは二人の元にやってきて、別れを惜しむように絡み始める。ジャスナは少ししか酒を飲まないアルフに無理矢理飲ませようとしたり、他の山賊は徹底的にレイセリーティアに下ネタ含みで絡み始め、何とかテーセが諌めようとしたのだが、ジャスナも騒いでいたし酒も入っているしで焼け石に水、あまりのしつこさにレイセリーティアの魔法が炸裂したりもしたのだが、とりあえず、ディン山脈最後の賑やかな夜はふけていった。

 二人は一路、夢の国エルディムを目指す。



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