16

 アルフは崖を登り終えると、目標となる巨木を見つめた。ここからは木々は閑散としており、道も直線。それなりに傾斜はあるが、ジャスナはまだ崖の中腹におり、このまま何事もなければ勝利できるだろう。
「ドーゼル、あと少しだから、頑張ろうね」
 彼はドーゼルを促して、木々の間を抜けてゆく。後方に域の魔法を向けておくと、しばらくしてジャスナが崖を越えるのを確認できた。彼は今一度気を引き締める。ジャスナはまだ勝負を諦めていない。
 その時、針のような鋭い魔力が辺りを通り抜けた。ドーゼルもそれを感じ取ったのか、顔上げてきょろきょろしている。
 空気が張り詰めている。充満する魔力は、刃のように鋭く、飴のように粘っこい。
 アルフは違和感を覚え、前方に域の魔法を展開した。とたん、彼の背筋が凍った。
 こちらへ、地を駆け抜ける魔力があった。殺気を帯びた膨大な量の魔力は、彼の足元へと迫っている。
 彼は手綱を引いてドーゼルを急減速させると、その場から退避する。
 ディン山脈を揺るがすほどの衝撃が、地を駆け抜けた。
 今、彼が通ろうとしていた地面が、鋭く尖り隆起している。天まで伸びる勢いの地の槍は、まさに異形の造型物。域で確認するのが後少し遅れていたら死んでいたかもしれない。
 息つく暇はなかった。すぐさま第二弾の魔力が迫っている。
 アルフは踵を返すと、今来た道を全速力で戻ってゆく。アルフを追うように魔力は迫り、地の槍を出現させる。右へ左へ、アルフは紙一重でそれをかわしていく。
 これは土の魔法。しかもかなり強力な。最低でもランクB、ランクAかそれ以上。
 ジャスナの罠? 山賊団の誰かを先回りさせておいて、アルフに妨害工作を仕掛ける――否、そんなはずはない。彼はルールに従い正々堂々と戦うタイプ。こんな小手先の細工をするほど愚かな男ではないし、何より人間の気配がしない。
 本当なら域の魔法の範囲を広げ相手の正体を突き止めたいのだが、攻撃の手は休まることなく続き、正確無比にこちらの死角を狙ってくるのでそんな事をしている暇はない。ドーゼルの速度についてくる上に魔法を正確に使いこなし、いったい何者なのか。
 アルフは総毛立つ。今まで直線で流れてきた魔力が、今度は地面を覆い尽くすようにしてこちらに向かってきた。
 津波のように押し寄せ大地を侵食する魔力、左右に移動して避けられる物ではない。アルフは速度を上げて、魔法の効果範囲を間一髪で抜けることができた。
 アルフに掠るか掠らないか、そのタイミングで後方の地面が粉々に砕け散る。その魔法は強烈な振動を生み出し、直撃を免れたアルフとドーゼルをも襲った。バランスを大きく崩し、彼らは一度止まらざるを得なかった。
 後方に刻まれたのは、巨人が踏み潰したかのような傷跡。木々は滅茶苦茶になぎ倒され、超局地的な嵐が起きたかのようにその場所だけ抉られている。
 ランクAなんてとんでもない。今の魔法のランクはS+++を遥かに凌駕している。
 一度大きな魔法を放った後しばらくは、調子を整えるのに時間がかかる。その時間を利用して、アルフは域の魔法を拡大し、魔法を放っているソレを捉えた。
 漆黒の体つき。人間の数倍ある身長。今までに見た事もない物体。捉えたのはいいけれど、いったいこれはなんだ?
「なんだこりゃぁ!」
 ようやく追いついたジャスナが大声をあげた。眼前に広がる荒れ果てた光景に唖然としている。
「アルク、こりゃあいったい何が起きたんだ?」
「ジャスナ、ここから逃げるよ」
「はぁ? いったいどういう――」
 瞬間、ジャスナの背筋がぞくりと震えた。凶悪な魔力の渦。刃物が突きつけられたような緊張感。彼の表情が一瞬にして凍りつく。
 説明を貰うことなく、彼の脳が、ソレが危険だと判断した。
 アルフは一足先にそこから逃げ出す。ジャスナも慌てて反転すると、よく訳がわからないままもと来た道を戻り始めた。
 今まで二人がいた場所に、地の槍が出現した。先ほどより鋭さが増している。
「アルク、ありゃいったいなんだ?」
「まだ俺にも良く解ってない。解ってる事は、黒く巨大な何かが、俺らを攻撃しているという事だけだよ」
「おめえの域の能力でも把握できねえのか?」
「そこまで精密に調べる暇がなかったんだよ。今の状態見れば解ると思うけど」
「……確かにな」
 絶えることのない攻撃。気を抜いたら地の槍の餌食になる。
「ジャスナ、左に避けて」
 アルフの指示に従い、ジャスナは馬を左に移動させる。するとそこから地の槍が飛び出してきた。お互いの背中に、冷や汗が流れる。
 魔法は衰えるどころかさらに威力を上げ、確実に二人を追い詰めていく。いまだ傷一つついていないのが信じられないほどだ。
 アルフは進路を変えようと少しだけ右に移動する。そこを狙い済ましたかのように、魔法はアルフの右側に炸裂し、左に戻らざるを得なかった。
 逃げている方向が制限されている。決められた道を外れないように誘導されている。確実に的確に、しかもそれを悟られないように、一見アトランダムに見えるよう魔法を放つという周到さで。
 このまま直進してしまったら、まずい事になる。
「崖に誘導されてる」
「なんだって?」
「このままだと、崖に追い込まれてしまうんだよ」
 先ほど登ってきた崖へと誘導されている。逃げ道がなくなってしまうその場所へと。
「おい、じゃあすぐに進路を変えないとまずいじゃねえか」
「そうは言っても、できないようにされてるから誘導と言ってるわけで」
「お前、随分落ち着いてるんだな」
「俺はあまり顔に現れないらしくてね。実際は凄い焦ってるんだけど」
「全然焦ってる顔には見えねえよ。眼鏡に『焦ってる』とでも書いとけ」
「善処するよ」
 悠長な会話をぶち壊すかのように地面がアルフたちに攻撃を仕掛けてくる。縦横無尽に生え出てくるそれらを見て、アルフが一言。
「筍みたいだね」
「おめえ本当にのん気すぎだぜ!」
 実際に筍だとしたら随分凶悪な筍だ。もし立ち止まり、避け損ねてしまったら、待ち受けるは容赦のない死だ。
 姿を見せることのない敵は、確実に近づいてきていた。空気が、森が、その殺気に打ち震えている。
「畜生、せめて近づければ何とかなるのによ!」
 ジャスナは叫んだ。強のランクがいくら高くても、遠くにいる敵には効果がない。
「アルク、おめえのさっきの魔具で、なんとかできねえのか? 岩の山を一瞬にして粉砕したあれだよ」
「それがうまくいかないんだよ。風属性の攻撃は今は使えなくてね」
 属性には各々に強弱が存在する。
 火は風に強く、風は土に強く、土は雷に強く、雷は水に強く、水は火に強い。属性の相互性を表す円(火を一番上にして、右回りに土、水、風、雷を配置)に属性の強弱の矢印を書き込むと星の形になる為、五星属性とも呼ばれることがある。
 相手が土の魔法を使ってくるのなら、こちらは風の魔法で迎え撃てばよい。土と火の魔法をぶつけた場合ならば単純に威力が高い方が勝つが、土と風の魔法の場合、よほど威力に差がない限り風が打ち勝つ。
 今、相手は土の魔法を使ってくる。打ち破るには風の魔法を使えばよい。しかし都合の悪い事に、風の魔力が篭っている緑の珠は旅に出る前に店で使ってしまった。魔力も回復しきっておらず使い物にならない。
 他の属性では、競り勝てる補償はなかった。残っている珠の中で、雷の属性は土が弱点なので論外、火や氷や衝撃の属性だってどれだけ効果があげられるか解らない。土の属性を放っても、所詮競り負ける可能性が高い。
 ジャスナの使える魔法は雷と強の魔法。雷は土の弱点で意味がない。強の魔法も、相手の近くにいけなければ意味がない。
 打つ手がない。形勢は思わしくなかった。最悪のシナリオならいくつでも思い浮かぶのにハッピーエンドは一欠片も出てこない。
「こうなりゃ強行突破だ!」
 痺れを切らしたジャスナが、方向転換を強行した。
「ジャスナ駄目だ!」
 ジャスナはアルフの忠告を聞かない。そして道から外れようとしたその時、巨大な土壁がジャスナの前方に聳え立った。
 突然現れた壁を避ける事もできずジャスナはトップスピードのままに激突する。
「かはっ」
 ジャスナは馬から振り落とされ体を地面にしたたかに打ち付けた。受け身を取ることすらかなわず呼吸が一瞬止まる。
 ジャスナの動きが止まってしまった。一瞬の空白、敵はそれを見逃さない。
 魔力が地を流れていた。今までより格段に大きい魔力がジャスナの元に一直線に流れ込んでゆく。
「ジャスナ急いで!」
 アルフは叫んだ。ジャスナも魔力の流れに気づき必死で立ち上がろうとするが、しかし頭を打ち付たせいですぐには動くことができない。
 アルフは魔導銃を取り出した。そして珠をセットする。色は橙。属性は土。
 ためらうことなく、トリガーを引いた。放たれた魔力はあたりの土を巻き込み、ジャスナの前方に着弾する。そこに地を這う凶悪な魔力も到着し、魔法がその場で炸裂した。
 鈍い衝撃とともに粉塵が大量に舞い上がる。視界がゼロになり、アルフは一先ず銃を下ろした。敵が域の魔法をつかえない限りこちらの動きを掴むのは不可能。アルフはジャスナの元へ向かう。
 魔導銃から放った土の魔力で、敵の魔法を強制発動させたのだ。非常に危険な賭けでもあった。タイミングや打ち込む場所がずれていたら、ジャスナはおろかアルフ自身も無事ではなかっただろう。 
「大丈夫かい?」
「ああ、なんとか。助かったぜ」
 アルフはジャスナの馬を探すと彼に渡す。ジャスナも馬も軽症で済んだようだ。
 その時、風が吹き視界を覆っていた土煙が晴れた。今や荒れ果てた森の中にソイツは姿を現した。
 立ち上がっているその姿は悠に五メートルを超える大きさ。黒尽くめの体に、すべてを引き裂く爪、噛み砕けないものはない牙、そして相手を射殺す金色の瞳。
「ストライキングベア……」
 彼らは思わず絶句した。
 ディン山脈に生息するといわれている熊。性格は温厚、賢くて人前に現れる事はほとんどない。それなのに、今は浴びただけで絶命してしまいそうな殺気を漂わせ、二人の前に存在していた。
 体が動かない、思考が麻痺している。ストライキングベアの威圧だけで、意識がとびそうな錯覚に襲われる。
 ストライキングベアは獰猛な鳴き声を上げる。咆哮は森全体を駆け抜け、二人の脳髄を揺るがす。金色の瞳が二人を捉える。それだけで催眠術にかかったかのように、二人は動けない。足が地に縫いつけられる。体が空間に縛り付けられる。
 魔力の流れを感じた。地を這う二人の命を穿つ魔法。それでも体が動かない。早く逃げなければいけないのに体が動かない。逃げなければ逃げなければ逃げなければ――
 その時ドーゼルが高くいなないた。はっとアルフの感覚が戻った。
「ジャスナ!」
 その一言でジャスナも動けるようになると、二人はその場から離脱する。間一髪、二人が去った直後、そこには地の槍が出来上がっていた。
「なんだあれは?」
「ストライキングベア、俺も詳しく知らないけど、現在確認されている熊の中で最も巨大で強い熊だよ」
「長年この山脈に居たけど、あんな熊見たことないぜ」
「滅多に人前には現れないんだよ。人間の匂いに敏感だから」
「じゃあなんでそいつが今、俺たちを襲ってきてるんだ?」
「解らないよ。ジャスナに心当たりはないのかい?」
「さっき初めて見たって言ったろ」
「だよね。俺も初めて見るし……」
 会話の合間にも土の槍が突き出してくる。槍の先端がアルフの髪の毛を掠め、後方に流れていった。
「それにしても、熊が土の魔法使うってのか」
「そうみたいだね。でも、おかしな話ではないと思うよ。人だけじゃなくどんな動物も微弱な魔法を使っているっていうし、ストライキングベアが魔法を、しかも強力なものを使えたっておかしくないよ」
「だからって、いくらなんでも強すぎだぜ」
 魔法の威力が高いだけなら苦労することはない。しかしストライキングベアの魔法の使い方は憎らしいまでに巧みだ。
「アルク、あのストライク何とかの弱点とか知らないか?」
「端的に言えば風の魔法だけど」
「んなことはオレだって解る! 団の中にはそりゃあ使える奴はいるが、ここにいねえから聞いてるんだろ」
「そっか。でも、他に方法が見つからないんだよ。ストライキングベアの魔法威力を考慮すると、互角かそれ以上の魔力を放つのは難しいから」
 団の中にいるという風属性の使い手ならば対処できるだろう。あるいはレイセリーティアの火属性の魔法なら打ち勝てるかもしれないが、ここにいない者を当てにはできない。
 彼はため息をついた。
「やっぱりお手上げだね」肩をすくめて「このまま崖から落ちるしかないかも」
「だぁぁ! やっぱりおめえ、眼鏡に自分の感情を表示する魔具でも引っ付けとけ!」
「考えとくよ」
 ストライキングベアは地を踏みならし、全速力で逃げる二人を追いかけていく。巨大な体をもっているのに、馬のスピードについていけるなんて規格外の化け物だ。
 ベア金色の両眼は二人の姿を決して逃さない。その視線から滲むような殺気がはっきり読み取れる。
 アルフはふと考えた。ストライキングベアは温厚な動物と聞いたのだけれど、なぜ今はこんなにも殺気を顕わにして自分たちを追いかけているのか。
 聞いた話が間違っていると言う訳ではないだろう。ここディン山脈に縄張りを持っているセンサリー山賊団長のジャスナが、ベアを初めて見たと言っていた。ならば何が原因なのか。
 思考を破るように、ストライキングベアが咆哮を上げた。神経が引きちぎられそうになる叫び声に、思わず耳を塞いだ。
「やべぇぞアルク、崖が見えてきちまった」
 前方に崖が現れる。その距離は徐々に縮まっていく。二人は対策を練るが一向に思い浮かばず、無情にも崖の前まで来てしまった。
 アルフはドーゼルを止めて、その場に降り立った。ドーゼルを逃がして、ストライキングベアと対峙する。ジャスナもそれを倣い、崖の手前に降り立った。
 これ以上逃げられないのなら、小回りが利くように単身になった方が楽だ。
 少しだけ、攻撃の手がやんだ。僅かな静寂。ストライキングベアは、崖の前で立ち止まった彼らを睨みつける。追い詰めたぞと言わんばかりに、ベアはまた咆哮を上げた。
 アルフは自分の体を昇化させてゆく。より高度な、より精密な域の魔法を使えるように精神力を高める。読み取る範囲は広範囲である必要はない。自分とストライキングベアを含む狭い範囲でいいのだ。
 アルフ一人なら、この状況から逃げ出せる自信があった。域の魔法を使い続ければ攻撃をすべて避ける事も可能。しかしそれではジャスナまで見る事は絶対にできない。
「なあに、安心しろよ。オレだって百戦錬磨なんだからよ」
 こちらの考えを読んだように、ジャスナは言った。
 ジャスナの体中の筋肉が、見る見るうちにしなってゆく。強の魔法、身体能力を上昇させる力。強のランクS+++は伊達ではないという事か。今のジャスナなら、ゴールの巨木ですら一撃で抉り倒せるだろう。
 二人は覚悟を決めた。
「アルク、おめえこそ、こんな所でくたばるなよ」
「うん。それは、そのつもりだよ」
 ストライキングベアは手を振り上げると、そのまま地面へと振り下ろす。魔力を得た土はその場で膨張していき、空中で大きな塊となると、二人へ襲い掛かってきた。
「まかせとけ」
 ジャスナは一,二歩間合いを確かめるようにステップを踏むと、右腕を深く引いた。拳を溜めながら踏み込むと、前方へとそれを突き出す。
 強の魔法で強化された右の拳は、空を切り裂きながら真っ直ぐに、襲い来る土の塊に直撃した。
 ジャスナとストライキングベア、威力対決は圧倒的にジャスナの勝利だった。小さな塊を撒き散らしながら土の塊は無残にも砕け散った。ジャスナは顔色一つ変えずに、その場に立ち尽くしている。
 これがジャスナの力。不屈の精神力、臆する事のない心。今のだって、拳が少しでも塊の中心からそれてしまったのなら、破片がすべてジャスナへ突き刺さる事となる。
 勝利の余韻に浸る間もなく、ストライキングベアはもう一度、前のより巨大な塊を飛ばしてくる。ジャスナは先ほどと同じく、ぐっと右腕を引き、前へと繰り出した。
 土の塊はまたもや粉砕される。ジャスナは一歩も引かないで、ずっとベアの金色の瞳を睨み返す。
 ストライキングベアはその攻撃では意味がないと思ったのか、石のつぶてを作り出す魔法へと切り替えてきた。
 散弾のように打ち込まれてくる大量の石つぶて。ジャスナは一つずつ丁寧に打ち落とし、アルフは域の魔法ですべての軌道を読み取りかわしてゆく。
 崖を背にした戦い。一歩も引いてはならないのに、弾幕の量にじりじりと二人は後退して行く。攻撃の手は止まない。それどころか激しさはさらに増し、石のつぶてと同時に、土の槍が地面から生え出してきた。
 ストライキングベアに疲労の色は見られなかった。魔力の総量は確実に減ってきているのだが、このままでは、ストライキングベアの魔力が尽きる前に、こちらが崖に突き落とされる。
「ジャスナ。今から道を開くから、突っ込めるかい?」
「作ってくれるんだったら、喜んで突進してやるぜ」
 アルフは魔導銃を取り出した。そこに紫色の珠をはめ込む。属性は衝撃。
 魔導銃を構えようとしたが、ストライキングベアはそれが危険な物だと本能で察したのか、アルフへの攻撃が厳しくなる。
 銃口を向けられない。矢じりのような石の弾丸が、的確にアルフの体勢を崩す。銃口を一瞬でも真っ直ぐ向けられれば放てるのに、なかなか構えさせてくれない。さらに、構えることが出来たと思うと、その時はジャスナが身動きの取れない状態だったりして、発射のタイミングがつかめない。
 その時、つぶての一つが魔導銃にぶつかった。右腕が弾かれ魔導銃が手から滑る。宙を舞った魔導銃は離れた場所に落下してしまった。
 魔導銃が地面に落ちた瞬間、地を這う魔力を感じ取った。
 その魔力は魔導銃に直進していた。魔導銃を吹き飛ばすつもりだ。魔導銃が崖下に吹き飛ばされてしまったら、ただでさえ少ない攻略の起点がなくなってしまう。
 アルフは魔導銃を取り戻そうと動いた。完全に敵に背を向け、魔導銃の落下した位置へ向かう。
 石の散弾止まぬ状態でのアルフの行動は無謀といわざるを得なかった。回避に徹しているだけで精一杯だったのに、そこに違う行動を加えてしまえば回避の精度は著しく低下してしまう。
 アルフだってそんな事は承知だった。しかし魔導銃がなくなってしまえばそれこそ死を意味する。地を這う魔力が魔導銃の元にたどり着く前に、石のつぶてを避けながらそれを手にするしかないのだ。
 魔導銃まで後少しと言う時、アルフは顔をしかめた。
 ――避けられない。
 高速で打ち出された一つの石のつぶてが、アルフの左足を抉った。血飛沫を撒き散らしながら、しかしアルフは歯を食いしばり転がるようにして魔導銃を確保する。後を追うように魔導銃のあった場所に土の槍が出現した。間に合った。
「ジャスナ! いくよ!」
 痛みなど気にしない。アルフはストライキングベアに向かい銃を構える。珠の色は紫。属性は衝撃。
 アルフは引き金を絞った。
 急速に掻き集められた魔力は、耐え切れなくなったかのように銃口から唸りを上げて飛び出した。
 キリキリと耳障りな歪んだ音を上げながら、衝撃は直線状にある石のつぶてを粉々に砕き突き進んでゆく。衝撃は威力をそのままにストライキングベアへと直進した。
 ストライキングベアは危険を察知し、巨大な土の塊を出現させる。そしてそれを前方に打ち出した。
 土の塊と衝撃が真正面から衝突する。爆音を響かせ、土の塊と衝撃は共に霧散した。
 相撃ち。たしかに魔導銃はストライキングベアの攻撃に克つことはできなかった。しかし、これならアルフの勝ちだ。
「流石だなアルク。これで終わりにしてやるぜ」
 ストライキングベアの足元にジャスナが立っていた。ベアはアルフへの対処で精一杯で、ジャスナの接近を許してしまったのだ。
 ジャスナは強の魔法で全身の筋肉を強化してゆく。膨れ上がった腕を大きく振りかぶり、それは爆発的な推進力と共に前方に打ち出された。
「どりゃぁぁぁっ!」
 ジャスナの拳がストライキングベアの腹部に打ち込まれた。大木をもなぎ倒す一撃。渾身の一撃が空気を切り裂いた音を伴い、ベアの内臓を打ち抜いた。
 ストライキングベアの口から血がこぼれた。巨体ゆえ吹き飛ばなかったことがさらに不幸、ジャスナの一撃をすべて体に受けてしまったストライキングベアは、ふらふらと揺れ、大地を叩くように倒れこんだ。
「これで、終わりだな……」
 ジャスナはその場に座り込む。アルフも立っているのが辛く、その場に座り込んだ。
 アルフは左足にできた傷を見る。血は止まりそうにないが、そこまで深く抉れた訳ではないようだ。山賊団の中に癒の魔法を使えた人がいたはずだから、その人に魔法をかけてもらえばすぐに血は止まるだろう。
 衝撃の属性は、どちらかというと風の属性に似ていたのが幸い。空間をひしゃげながら突き進むのが衝撃なので、土の塊を打ち破るのには最適だった。いくつもの石のつぶてを砕き巨大な土の塊をも砕いたのだから、上々の威力である。
 二人は座り込んだまま、一言も喋らない。体力と魔力を使いすぎてしまった。レースを再開するにしても、もうしばらくしてからになるだろう。
 ストライキングベアだってほとんど魔力を使い切っていたはずなのだが、それなのに倒れる直前まで攻撃の手は一切休まらなかった。
 何の執念が、ストライキングベアをそこまで突き動かしていたのだろうか。
 アルフは魔導銃をしまい、ドーゼルを呼ぼうとした時、とてつもない違和感を覚えた。
 勝ったと思ったことで、思い込んでしまったことで、今の今まで気が付かなかった。
 肌を刺すような、突き刺すような殺気は、まだ死んでいない――
「ジャスナ!」
 アルフは叫んだ。ストライキングベアの近くにいたジャスナは、アルフの切羽詰った声に何事かと顔を上げた瞬間、宙を舞った。
 子供が玩具を弾き飛ばすようにジャスナは横に吹き飛ばされた。鈍い音を立てて近くの木に激突した。彼の意識は完全に吹き飛んだ。
 何の執念が、ストライキングベアをそこまで突き動かしているのだろうか。
 魔力も体力も限界に至っているはずなのに、ストライキングベアは立ち上がっていた。腕一本でジャスナを吹き飛ばし、金色の瞳をさらに鋭くさせすべてを睨み据えていた。
 ストライキングベアは唸り声を上げた。殺気は増幅し辺り一帯を凍りつかせた。
 巨大な土の塊が次々とベアの周りに生成されてゆく。全部で七つ。一つ一つが今までのものよりも巨大で、身を震わせる殺気を帯びていた。もう一度咆哮する。ベアが自らを叱咤するように。そして巨大な塊は、一つ残らずアルフへと向かって発射された。
 アルフは立ち上がった。しかし攻撃を避ける方法が思い浮かばなかった。左足の怪我が彼の行動を制限し、回避できる可能性を潰してゆく。
 魔導銃で放った衝撃ですら、今向かってきている塊を一つ砕くにすぎなかった。残っている属性は火と雷と氷。雷では塊を砕く事はできないだろうし、火と氷だって一発で一つを確実に壊せるかは怪しい。
 もはや絶体絶命だった。けれどやっぱり、アルフはどこか冷静っぽく見えた。
 アルフの元に、七つの塊が殺到する。

 ディン山脈を揺るがすほどの衝撃が、地を駆け抜けた。



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