1 プロローグ

 交易都市ダンゼのメインストリートには、相変わらずの喧騒が響いていた。
 ダンゼは東、北、西に伸びる街道を持ち、南には大きな河を超える橋があり、行き来するための重要な拠点になっている。
 交易都市の北にある町は鉄鋼や工芸。西にある町は野菜、果物、穀物などの食物。南は風習が大きく異なる地域である事から一風変わった品物。そのすべてがダンゼに流れ込み、東の街道を通り、二つほど町を通り過ぎた所にある王都へと運ばれてゆく。
 すべての物流がぶつかるこの町は、第二の王都と呼ばれるほどに発展していた。
 そんな賑わいが絶える事のない交易都市のメインストリートを、一人の男が歩いていた。
 レンズの小さな眼鏡をかけた茶髪の彼は、活気付いている周りから比べると酷くぼんやりとした表情を浮かべながら、雑踏の中を進んでゆく。
 誰かにぶつかれば一メートルは吹き飛んでしまうであろう頼りない風貌だが、すでにこの人込みに慣れているらしく、迫り来る障害物をすいすいと避けている。
 彼の名前はアルフ=アリオストロ。メインストリートの裏の裏通りに店を構える、二十五歳の青年である。
 今日は主に食料品を買いに外に出ていた。果物に野菜に小麦にお肉、とりあえず一週間は持つ大量の食糧に雑貨用品を買い込んだ彼は、道の前方に大きな人だかりができているのを見つけた。
 特に覗く気もなかった彼だが、進行方向にあるのではこれ以上進むこともできない。
 器用に人を避けながら群集の中心に向かうと、耳を傾ける事もなく、その声は聞こえてきた。
「私は謝ったでしょう。そろそろ放してくれるかしら?」
「はっ、謝ったって、その後の態度が悪ければ意味がねぇんだよ。お嬢ちゃん」
「あら、もしかして、ぶつかった後、転んだ事を笑ってしまった事がいけなかったのかしら? それしきのことを許容できないなんて、程度が知れてるわね」
「それだけじゃねぇよ! お前、転んだ後、俺様のこと蹴飛ばしやがっただろ!」
「知らないわよ。こんな人通りの多い場所で転んだんだもの、私じゃないかもしれないわよ。真犯人はとっくに立ち去ってるかもしれないわ」
「んなこと知るか! お前でない証拠もないだろ!」
「あなたの腹部にある足跡、どう考えても私のサイズじゃないのだけれど? それにズボンと腕についている足跡も、各々サイズが違うわねぇ」
「その中の一つがお前のもんだったらどうする気だ?」
「ごめんなさい、先に謝っておくわ。貴方の後頭部の足跡は私のものかもしれないわ」
「このっ!」
「だって気付かなかったんだもの。ぶつかった後、何で貴方が私の進行方向にいたのか解らないのよね。もしかして、私に踏まれたかったのかしら? あなたも物好きね」
 前に進むと、ようやく、人だかりの中心にいる人間が見えた。
 聞いていて頭の痛くなるような不毛な言い争いを続けているのは、二十そこそこの男と、十代後半の女だった。どう聞いても痴話喧嘩には聞こえず、殺気露にした捻り合い罵り合いだ。
 今にも女に殴りかかりそうな男の服装は薄汚れていて、目つきが悪く人相もよろしくない。言葉遣いも悪い上に姿勢も悪く、特に堀がくっきり見えるほど頬がこけているのが目立ち、メインストリートを歩くには不適な人物である。
 対して。
 アルフは、男と相対している女性を見やった。
 背中まで届く長いストレートの金髪に、夏の水々しく茂った葉の色をした瞳に、透き通るような白い肌に、薄く端正な唇に、どこを取っても比の打ち所のない体の上に、質素ながらも品のよさを損なわない服装を纏っている。一つの芸術品である彼女に、普通の人なら向き合う事さえためらわれる。
 まぁ――その容姿に反比例するように少々口が悪いのは、言い争いには負けてはならないと言う小さい頃からの教育の為。口論の時の口調と平常時の口調は全くの別物だ。
 頬のこけた男の素性は一切知らないが、アルフは女性とは知り合いだった。
 彼女の名前はレイセリーティア=ハルメット。
 歳は花も恥らう十七歳で、ここダンゼの町にある三大商家の一つ、ハルメット家第三子の令嬢である。
「俺様に喧嘩売ったこと、後悔させてやる」
「全く――初めからそうすればいいのよ」
 なにやら、二人は武力で解決する道を選んだらしい。不穏な気配を察した人だかりの輪が、二回りほど広がった。
 これだけ人が多く往来するこの町では、喧嘩なぞは日常茶飯事で、見物人たちはその対応はしかと心得ていた。が、アルフは大量の荷物を抱えていたせいか、輪の広がりについていけず、その場で尻餅をついてしまう。
 彼が立ち上がろうとした瞬間、中央で何かが炸裂した。
 レイセリーティアの放った火球と、男の放った水球が中央でぶつかり合い、人垣の中の数人が倒れこむほどに強烈な衝撃を生み出した。当事者の二人は臆することなく、すぐさま二撃目を繰り出してゆく。
 人垣の数人が盾の魔法を展開したおかげで、周りへの大きな被害はない。盾の魔法を使用できる人間が人垣を守るのも、ストリートファイトにおける暗黙のルールである。
 アルフが立ち損ねた中、この急戦を目の当たりにした人たちは、早くも沸き立ち興奮していた。
 全ての人間は、生まれた時から魔法を使うことができる。
 魔法の属性は、自然属性と呼ばれる『火』『土』『水』『風』『雷』と、付与属性と呼ばれる『盾(魔力を減退させる力)』『癒(治癒能力を加速させる力)』『強(身体能力を強化する力)』と、特殊属性と呼ばれる『域(辺りの気配を察する力)』『伝(相手の心の情報を得る力)』の十種類になる。
 使用可能な属性は遺伝の影響が大きいとされているが、突然変異や隔世遺伝などで、親の使用できる魔法とまったく違う属性を得手とする場合もある。
 レイセリーティアがその典型で、両親は水の属性を得手としているのに対し、彼女は火の属性を得手としていた。
 そんな遺伝の関係を調べたり、魔力に関する事を一手に引き受けている機関が『魔術ギルド』である。
 国家公認の施設で、国民であると言うことを示す為にも、魔術ギルド発行の魔法のライセンスを取らなければいけない。取ると言っても難しい事ではなく、満五歳から一年置きに、簡単な魔力テストを受けるだけだ。
 テストの結果、全ての属性にランクがつけられる。F(使用不可)、Eの最弱から始まり、E+、E++、E+++、D、D+、〜、S++、そしてS+++が最高ランクだ。
 さらに総合ランクもあり、E、E+〜E+++++、D、D+、〜、S+++++まで区分される。
 魔術ギルドのライセンスは、魔力の大きさや使用属性を明確にしておく事によって、魔法による犯罪を減らし、犯罪が起きた時にすぐさま犯人を特定するなどの治安維持に必要なものだ。つまり社会的にはなんら効力を持たないものであるが、実際問題、このライセンスによる差別も多く、一種の社会問題になっていたりもする。
 レイセリーティアと頬のこけた男の争いは長い間続いていた。一撃目から、何度も斥候を繰り返しているのだが、お互いに有効打を与える事ができずにいる。打ち合っている魔法の威力や技術はほぼ互角で、泥仕合に入り込んでいた。
 お互いに疲労しているし、表情には段々疲れも浮かんできている。このまま持久戦になれば、女性のレイセリーティアの方が不利だろう。
 と言うのが一般的な解釈になるだろうか。
 しかし、アルフの解釈は違った。細かな表情の変化を察しなければ解らないだろうが、男は勝負が決まらない事に焦っているのに対し、レイセリーティアはむしろ、この膠着状態を楽しんでいるように見える。
 それに、だ。彼女はまだ――。
 戦闘中、目線をずらしたレイセリーティアが、視界の中にアルフを見つけた。
「アルフ、そんな所で何やってるの?」
 一瞬、驚きの表情を浮かべた彼女だが、すぐに呆れた表情になる。
「座って見学?」
「うん。立ち上がるのも面倒になっちゃって。それにレイティア、君も何やってるんだい?」
「えっと、ちょっとしたイザコザよ。気にしないで」少し表情を曇らせて「……もしかして、言い争いを聞いてた?」
「うん、聞いてた。相変わらずだね」
 彼女はうっ、と言葉に詰まる。言い争いに負けてはいけないと教育されてきたから、喧嘩の時は相手を貶めるような揚げ足を取るような言い回しを使うのがくせになっているけど、その言葉遣いが汚らしい物であることは自覚しているのだ。
「その袋に何入ってるの?」
 とりあえずレイセリーティアは話題を変える。
「食料品だよ。それと、最近雨漏りが酷いから、それの修理用具」
「そろそろ場所を変えたらいいのに」
「俺も何度かそう思ったけど、今更変えるのも面倒だからね。なんたってお金もないし、馬が置ける場所なんてそうそう見つからないよ」
「それもそうね」
 レイセリーティアは戦いながら、アルフと他愛ない会話を続けていく。
 完全な脇見戦闘。
 一応、レイセリーティアの目線は戦闘中の相手へと向いているが、関心はアルフの方に向いていた。対戦相手などほとんど無視。それでも形勢は全くの互角。
 頬のこけた男は怒りに震えていた。乳臭いガキになめられているのがたまらなく許せなかった。相手は全力を出していないのに、ほぼ全力を出している自分が恥ずかしくなってきた。それと同時に、レイセリーティアの関心が注がれている男が憎らしくなってきた。
 突如、頬のこけた男は標的をアルフに変えた。水の散弾が、アルフへと注がれる。
 が、アルフは避ける動作を取らなかった。なぜなら、その攻撃は彼に届く前に、レイセリーティアが発動させた盾の魔法によってかき消されてしまったからだ。
「ちょっとあんた、アルフは関係ないでしょ! 第三者を巻き込もうとするなんて卑怯者ね」
 彼女はキッと、男を睨みつける。しかし、男はへらへらした口調でこう言った。
「はん、どっちが卑怯者だか。解ったぜ、なんで俺様が優位に立てないのか。その男が加勢してたんだろ?」
 頬のこけた男は、アルフに指を向けた。
「なによそれ?」
 レイセリーティアは思わず絶句してしまった。アルフはどうしたものかと、困惑の表情を浮かべる。
「どうもおかしいと思ってたんだ。俺様の魔法が嬢ちゃんのヒョロい火球にかき消されるなんてありえねえだろ。だけど、もう一人いれば、何らかの方法で威力を相殺できるよなぁ。てか、そう考えなきゃおかしいだろ?」
 男は自信たっぷりに言い切った。彼の発言が意図することは簡単で、アルフをダシにして、レイセリーティアのを辱めようとしているだけだ。
 しかし当然ながら、ギャラリーの誰一人として彼の言う事を信用しなかった。寧ろ嘲笑され、哀れみの視線すら送られている。
 男は周りの状況に気付くと、さらに不快になり、語気を荒らげて辺りに怒鳴り散らす。
「ふざけんじゃねぇぞ手前ら! 俺様は総合ランクA+++++だぞ! 手前らなんか俺の本気の魔法で簡単に吹き飛ばせるんだ!」
 男の発言は、更に周りの嘲笑を買った。男の顔が憤怒のあまり真っ赤に染まり、今度はレイセリーティアに矛先を向ける。
「そこの女!」
「私のこと?」
「たりめーだよ! 俺の総合ランクはA+++++だ。水S++に風A++だ。俺の手の内を明かしてやったんだから、手前のランクを教えろよ」
「どうして教えなくちゃいけないの? そんなくだらないことを教えあうほど、私たちは親しくなってないし、今後とも親しくなりたくないわね」
「はっ、そんなくだらねぇ理由はどうでもいいんだよ! 俺様がわざわざ教えてやったんだ。お前も答えるのが礼儀じゃないのか? それとも何か? 俺より弱えランクだからって、怖気づいたのかよ、嬢ちゃん」
 彼女は、思わず冷笑した。
「何笑ってんだ!」
「いいえ、ランクを誇る馬鹿を、久しぶりに見たものだから」
 彼女はわざと相手を煽る。少しだけ、彼の発言が癪に障ってしまったものだから。
 自分のランクが高いからと言って、強い魔法が使えるからといって、それだけで自分の強さを決めてしまう。自分は強いのだと、それだけが正しいのだと盲信していた、幼い頃の自分に重なってしまったから、余計に腹が立つ。
「んなことはどうでもいいんだよ! 手前のランクを聞いてるんだ!」
「Sよ」
 瞬間、男の顔が強張った。
「S++。信じられないならライセンスも見せましょうか?」
 レイセリーティアは、ちらりと魔術ギルド発行のライセンスを取り出した。
 魔術ギルドのライセンスには『火S+++ 土S 盾B+ 総合S++』と記入されている。
 頬のこけた男は動揺し、周囲の人々にもどよめきが広がった。
 A〜Eランクとは違い、Sランクは別格に設定されていた。その資格を得るには、一般の魔力テストの他に、厳正な試験を受けなければならない。
 まず、その試験を受ける資格として『使用魔法属性が三種類以上、その内ランクSの魔法が二つ以上』をクリアしていなくてはならない。
 それをクリアしている上で、試験を受ける事になる。当然試験も易しいものではなく、魔力、技能、知識、すべてを兼ね揃えていないと突破できないのだ。
 ランクA+++++とSの間には、全てにおいて雲泥の差が有ると考えても良い。いかなる事があろうと覆せない差がそこにはある。その上、Sに+が二つもついているとなると、A+++++と対等になるには、どれだけのハンデをつければよいのかは計り知れない。
 男の顔に、汗が一筋流れた。タイマンで、この少女に勝てるはずがない。
「はっ……嬢ちゃん、勘違いするなよ。俺が憤っていたのはあんたに対してじゃねぇ」
 しどろもどろに、男はアルフを指差した。
「その男に対してだ。そいつが突然乱入してくるから、俺は激しく怒っている訳だ」
「馬鹿じゃないの! 良くそんな顰蹙を買うセリフを次から次へと――」
「知るか! お前はもう関係ねぇよ! 用があるのはお前じゃなくて、そにいる男だ!」
 レイセリーティアは憤った。まったく論拠の無い暴言だけならまだしも、アルフを何度も巻き込んだ。彼女の怒りは心頭に発していた。
 ――もう、手加減はしない。
 彼女はキレた。ゆらりと、右手を前に突き出した。刹那、先ほどと比べ物にならない莫大な魔力の渦が、彼女を包み込んでゆく。絶大な力の前に、空間が揺らいだ。彼女の魔力を肌で感じた周囲の人々の表情が一瞬にして凍りつく。
 彼女から離れた人間にでさえ竦む魔力を、間近で捉えている男の血の気は完全に引いていた。蛇に睨まれた蛙。すでに何も言えず、口を出す事は罪だと頭に叩き込まれていた。全身が震え、立っていることさえおぼつかない。歯がガチガチと鳴り響き、絶対零度の魔力の振動と重なり不協和音を奏でている。この空間だけ切り取られたように静かだった。もうすべてが終わっていた。奇跡が起ころうと覆せない、運命だと思わせる絶対的な差。神の怒りを連想させる魔力は、男を縛り付ける。
 彼女は、うすらと笑みを浮かべた。
 私を怒らせたことが、貴方の罪よ。
 レイセリーティアは醜い男に向かって、火球を吐き出そうとした。
 瞬間、右腕が鷲づかみにされた。レイセリーティアは驚いて振り返る。
「レイティア、駄目だ」
 彼女を制したのはアルフだった。
「アルフ、止めないで。あんな奴消えたほうが世界の為よ」
「それには同意するけど、こんなところで全力を出したら、周りに被害が出ちゃうよ」
 レイセリーティアは辺りを見渡した。人だかりの円はそこまで広いとは言えない。アルフの言う通り、全力に近い火球を放ってしまったら、あの男以外にも被害が出てしまう。
 頬のこけた男と違い、彼女の力ならば、本当に周りの人々を吹き飛ばす事が可能なのだ。一区画なら、軽く抉る事ができる。
 彼女は諦めて、魔力を解いた。一瞬にして辺りへの緊迫感が無くなり、周囲の人々や、頬のこけた男は安堵の溜息を漏らす。
「はっ、結局口だけかよ。ランクS++もただの飾りだな」
 手の平を返したような侮蔑に、彼女は男を睨みつける。
 別に全力で行かなければいいのだ。本気の半分で戦っても、こんな男、簡単に倒せる。
 彼女が一歩踏み出したところで、しかしまたもや、アルフがそれを制した。
「レイティア、ここは俺に任せて。本当だったら、君はあまり目立ってはいけない立場でしょ?」
「それはそうだけど……」
 彼女は口篭もる。無意味で無価値な喧嘩で目立ってしまっては、この町の三大商家、ハルメットの名に泥を塗ってしまうかもしれない。
「彼は、俺をご所望のようだから、ね」
 レイセリーティアは何か言いたそうな顔をしたが、結局、渋々ながら彼にこの場を預けることにした。
 アルフはレイセリーティアに荷物を預けると、輪の中心に入った。当然のように、下卑た笑みを浮かべた男の罵倒がやってくる。
「へ、お前さんは話が通じるようだな。しかしひょろい体してんなぁ。小麦の一袋も持てないんじゃないか? それに、その眼鏡もお前さんに似合ってるぜ、ひ弱そうでな」
「それはどうも」
 アルフはあっさりと言葉を返す。皮肉が通じない。頬のこけた男は不快そうに顔をしかめた。
「けっ、ところで、お前のランクはなんだ?」
「C+だけど」
 それを聞いて、男は大声で笑い出した。
「はっはっはっ! たかがC+で俺に挑もうってのか? くっはっは、俺はA+++++だぜ? 結果なんて見え見えじゃねえか! お前面白すぎるぜ! はっはっはっはっ!」
 頬のこけた男は笑い続ける。しかし、アルフは涼しい顔をして男を見ていた。レイセリーティアですら表情を変えることなく二人を見守っている。ギャラリーも、早く戦いを始めろと訴えていて、彼の話に耳を傾けている者は誰一人としていない。
 ペッと、男はつまらなそうにつばを吐いた。
「さっさとケリをつけてやるよ」
 男の周りに魔力が渦巻いた。レイセリーティアと比べると大した事はないが、ランクA+++++の事だけはあり、その魔力の量に、周りの人々は驚きを隠せない。
 それでも、アルフは動じない。それどころか、アルフの周りには一片の魔力すら漏れ出していなかった。
 レイセリーティアは、その二人を、静かに見つめている。
 果たしてどちらが勝つかと言う賭けをしたら、十人中十人があの頬のこけた男に賭けるだろう。
 客観的に見てそうだと思う。魔力のランクも気勢も帯びている魔力の量も、今の状態だけ見たら、頬のこけた男が勝つのは確実。
「死に晒せや!」
 男の魔力が解放され、水は圧縮され砲弾となり、アルフに襲い掛かった。
 だけど、私はアルフに賭ける。全財産を、命すら賭けたって構わない。
 なぜなら。
 私は、アルフに、たった一度も勝った事がないのだから。

 レイセリーティアの予想通り、試合は一方的だった。
 一部始終、攻勢に立っていたのは頬のこけた男だった。ランクに見合った怒涛の攻撃をアルフへと注いでいた。
 果たして、この群集の何人が、彼の攻撃に耐えうることができるだろうか。レイセリーティアですら、手加減していたのでは手傷を負ってしまうだろう。
 しかし、アルフはその全ての攻撃を、避けきった。
 水の散弾も、風の刃も、彼に触れるどころか、服に掠ることも無く、男の魔法は散っていった。
 やがて、頬のこけた男の魔力が尽きて、愕然としたようにその場に跪く。
 アルフは一言「俺の勝ちだね」と。

 アルフ=アリオストロの総合ランクはC+。そんな彼は、たった一種類の属性を会得していた。
 域の属性。ランクS+++。
 広範囲の人々の動き、魔力の流れ、細部に至るまですべてを把握できる属性。
 当然、域の能力だけで避けられる訳はない。彼の外見からは想像できないが、服の下には常人をはるかに凌ぐしなやかな体躯がある。
 男の稚拙な魔法の扱い方では、アルフに傷一つ負わせることができなかったのだ。
 すべてが終わり、レイセリーティアはアルフに荷物を渡すと、彼に別れを告げた。彼女は群集の目を避けるように、その場を後にする。
「それにしてもあの男、本当に弱いわね」
 レイセリーティアは呟いた。
「私は、アルフの服を裂くぐらいはできたもの」


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