プリン  〜 アリオストロの魔導店 外伝 〜

 キャラ捕捉
   スズ ♀
     レイセに仕えるメイド。十八歳
   レイセお嬢様 ♀
     ハルメット家第三子の令嬢。十七歳
   魔具
     不思議道具。


 レイセお嬢様の部屋は女性らしくない。
 部屋は質素で簡素で落ち着いていて、赤い色が好きだから小物や家具に朱色の模様が施してあったりはするが、時計は古くて渋い振り子時計、カーテンは純白の無地のレース、机の上にはマットと花瓶が載っている程度で、棚の上には使い方が解らない魔具がひしめいているし、置いてあるレコードも勇ましい曲のものばかり。唯一、鏡台に化粧品などがあるから女性の部屋なのだと理解できる。ただお嬢様は化粧が嫌いなので、それらが使われる機会は滅多にない。化粧品を用意したのもあたしだ。
 部屋は女性らしくないが、レイセお嬢様の御姿はそれはそれは麗しく、あたしが知る限りでは最も美しい女性だ。歳が近いからという理由で、あたしはメイドの英才教育を幼い頃から受けてきて、五年ほど前からお嬢様の身の回りを世話させてもらっている。日を追うたびに魅力的になっていくお嬢様は一種の芸術品であると断言できる。
 金糸のような髪に端整な作りの顔立ち、プロポーションも申し分なくまさに全世界の民の憧れの的である。そんなお嬢様が中央の椅子に座り読書を嗜みながら、ティーの入ったカップに口をつける優美な姿を晒しているのなら、この女性らしくない部屋も瞬く間に魅力的な部屋になってしまうから不思議である。
 ふと、お嬢様は顔を上げ、首をこちらに傾けた。
「スズ、いたの?」
「お嬢様があたしを呼んだのではありませんか」
「来たなら扉をノックするか声をかけてよね。覗き見なんて趣味が悪いわ」
 お嬢様は本にしおりをはさむと、怒った風もなく「こっちに来て」と言った。
 あたしは対面の椅子に腰掛けると、じっとレイセお嬢様を見つめる。先ほど五年ほど前から身の回りの世話をしていると言ったけれど、このように間近で親しく会話をするようになったのはほんの一,二年前からだ。それまでのお嬢様はお母様を失った悲しみと厳しい家柄に対する反発から、それこそ手の施しようがないぐらい荒れていた。
 今ではその荒れぶりは見られない。相変わらず血気盛んなところもあるが、抑えるところは抑え、自分自身がハルメット家の令嬢であることをわきまえている。不完全だが大人になったというところだ。
「それであたしに何かご用でしょうか?」
 あたしが訊ねると、レイセお嬢様はきゅっと口を結び姿勢を正した。そしてためらいながら、薄い唇をゆっくり開く。
「私って、魅力はあるかしら?」
「はい、もちろんです」
 あたしが即答すると、お嬢様はむぅと押し黙ってしまった。どんな答えが欲しかったのかは知っているが、お嬢様の悩んでいる顔が愛らしいのでしばらくは放置。
「ええとね」と秒針が二十ほど過ぎたところでお嬢様が言う「つまり……その……何のそぶりも見せないというか……毎日会いに行ってるのに行動に変化がないし……もう少し、何か……うーんとね……」
 収拾がつかず、また口を閉じてしまった。いつもなら詰まることなく喋るお嬢様だが、この手の会話には人並み、もしくはそれ以上に弱いのである。
 しかたがないので、あたしが代弁することにした。
「つまり、お嬢様が好意を寄せている殿方がこれっぽっちもアプローチをかけてこないので、それは自分に魅力がないのが原因ではないのか……ということで合ってますか?」
「……まあ、半分はそんなところよ。私が好意を寄せてるかどうかは知らないわ」
 変なところで強情を張るお嬢様。まったくもって可愛い限りだ。
「ねえスズ、もしも、もしもよ。万が一私が仮に『あの人』のことを好きで、ほとんど毎日のように会いに行っているのに、『あの人』はいつも魔具ばかり見ているし、たまに話しかけてきても魔具関連だし……でも私から話しかければちゃんと会話に乗ってくれるし、私も『あの人』の店に行ったところで本とか読んで過ごすこともあるし、魔具の話だって嫌いじゃないし……」
 お嬢様の台詞はまた尻切れトンボで終わってしまう。お嬢様の顔が少しずつ赤くなってるのはあたしだけが知っていればいい。
「お嬢様は『あの人』が好きなんですか」
「……ええ、好きよ」
 あたしは自分の黒髪をそっと撫でた。仕事の邪魔にならないように短く切ってある見栄えしない髪だ(お嬢様は綺麗だと言ってくれたが)。この部屋の棚に置いてある魔具はすべて『あの人』が関わっている。プレゼントだったりお嬢様自身が『あの人』のお店で買ったり、『あの人』の影響でお嬢様は魔具に興味を持つようになったのだ。
 あたしの心の中に、レイセお嬢様が想う『あの人』に対して嫉妬心が芽生える。いつか来ることだし覚悟はしているが、自分がお慕いするお嬢様が誰かに取られてしまうのはなんとも居心地が悪い。
 あたしは意地悪っぽく笑みを浮かべて、お嬢様が求めていないことを言う。
「告白してみたらいかがですか?」
「こくはっ――」
 目を白黒させるとはこのことか。お嬢様はあたしの言葉に酷く動揺し、次の言葉を見つけられない。
「そうです、告白です。難しいことではありません。むしろお嬢様の呈した疑問に対する答えがもっとも簡潔に出る方法でもあります」
 お嬢様は気を落ちつかせるためにティーを喉に流しいれる。
「あのねスズ、告白なんてしないわよ。しても意味がないの」お嬢様は言葉を吟味しながら「私が好きと言って、もし『あの人』が応えてくれたとしても、嬉しいことに変わりはないけれど、でも完全じゃないの。私が求めてるのはそういうものじゃないのよ。もっと大雑把で、でも大切なもので……詳らかに説明しろと言われたら、ちょっとできないけれど……」
 あたしはお嬢様が何を言いたいのか理解しているし、どんな気持ちを抱いているのかもほとんどわかる。でもお嬢様は理解していない。お嬢様が言い淀むのは自分でも自分の疑問を理解していないからで、それがお嬢様を悩ませるのだ。
「つまり、恋心とは違うわけですね」
「……そうね、恋心だったらそれこそ告白すればいいだものね。それに恋心ぐらいだったら小さい頃に何度も経験してるし、こんなに悩まないわ……と、思う……けど……」
「お嬢様、何をそんなに恐れているのですか? お嬢様は多くの者が羨む美貌と才知と力をお持ちです。それはお嬢様自身もご理解しているはずで、『あの人』からのアクションがないのはお嬢様の魅力が原因ではございません。その馬の骨があまりにも鈍ちんで奥手でそのじれったさにはあたしも蹴り飛ばしてやりたいぐらいでございます」
「後半が早くて聞き取れなかったのだけれど……」
「いえ、つまらない戯言ですので、お気になさらずに」
「そう」
「ええ。ともかくお嬢様が悩む必要はないのですよ」
 お嬢様は未だに釈然としていないようだが、それも当然。わざとずれた回答をしているのだから、あたしのアドバイスを聞いて解決するはずがないのだ。そう、まだ解決されては困る。お嬢様が女性として人間として成熟するか、あるいはあたしがお嬢様を堪能し尽くすか、どちらかが満たされないといけないのだ。
 この考えはある種の傲慢だろうか。お嬢様を独占したいがゆえのわがままなのだろうか。でもどうせ、いつかお嬢様は自らそのキモチに気付き去っていくのだ。これぐらい許して欲しいと思う。
「そういえばお嬢様、先ほどプリンを作っておりまして、今ちょうど冷えた頃だと思うのですが、お食べになりますか?」
「そうね、小腹もすいてきたし、頂こうかしら」
「ではただいまお持ちしますね」
 とあたしが立ち上がったところで、なぜかお嬢様も立ち上がった。
「どうなさいました?」
「あのねスズ、男性って誕生日プレゼントに手作りのプリンとか貰ったら……喜ぶかしら?」
 お嬢様は真剣な眼差しで言う。
「誰かにプレゼントする予定があるのですか?」
「違うわよ」とお嬢様は否定する。「何かそういう機会があったときのために、簡単なお菓子ぐらい作れるようになってたほうがいいと思うでしょ? 大雑把ないわゆる男らしい料理ならできるんだけど、細々したものは苦手だから……『あの人』もプリンとかクッキーの方が食べやすくて喜ぶと思うのよね」と思案顔でつぶやいた。
 どこがどう違うのか。あたしは思わず笑ってしまう。
「何よ」
「いえいえ」なんとか笑みを消して「それで、お嬢様はどうしたいのですか?」
「作り方、教えてくれる? 嫌ならいいけれど……」
 また吹き出しそうになり、懸命にこらえる。お嬢様は上の立場の人なのだから頼みごとをするときはもっと強い命令口調であるべきなのに、こう弱々しくては逆に断れない。ただその謙虚さが、あたしがお嬢様を慕う理由でもあるのだ。
 あたしは首を縦に振った。
「レイセお嬢様がお望みなら何なりと叶えますよ」
「じゃあさっそくキッチンに行きましょう!」
 言い終わるかその前にお嬢様はあたしの腕を取り、さっそくキッチンへ向かうことになった。
「美味しくできるかしら?」
「ええ、きっと美味しいものができあがりますよ」
 あたしは引っ張られながら、お嬢様に想われている『あの人』に再度嫉妬し、だけどレイセお嬢様が初めて作ったプリンを食べるのはあたしだから、悔しいけれどそれで満足しておくことにした。



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