通し番号4
044.夏の柔らか




 相変わらず涼子はいそいそと小説を書いていた。
 決して早い訳ではないのだが、すらすらとなめらかに動くペンだけを見ると、作業は順調にはかどっているように見える。
 思いついた事を散乱している紙に走り書きをして、辞書や資料をパラパラとめくったり、さらに書いた事を思い出そうとして走り書きの紙を探すから、どんどん机の上は滅茶苦茶になってゆく。
 涼子が小説を書くときはいつもこうなのだけれど、なおですらこの光景には未だになれていないのだろう。なおはしげしげと紙が増殖する様を見つめていた。
 アメーバのように瞬く間に広がってゆく白い用紙。机の上に所狭しと敷き詰められている紙は、一生懸命押し競まんじゅうをしながら机上に残っていようと奮闘していたが、やがてそれも叶わず、机から何枚も落下していた。
 また一枚紙が落ちたとき、突然、涼子の動きが止まった。絶え間なく動いていた腕がピクリとも動かなくなった。
 何事だろうと見つめていると、いきなり、涼子が立ち上がる。
「なお、大変、あまりにも暑すぎる上に小腹も空いてきて小説が書けなくなって来たわ。仕方が無いから何か冷たくて甘いものを食べましょう」
 涼子は真顔のまま言い切った。とりあえず、全く大変なようには見えない。
「エアコンも効いてるし、と言うかさっきごはん食べたばっかりだよ?」
「それだけじゃないの。きっと、私はハーゲンダッツを食べなくては生きていけない体質になってしまったのよ」
 相変わらず真顔の涼子を見ながら、なおは机の上の紙を一枚取ると、さらさらと文字を書いてゆく。
「はい」と、涼子にその紙を渡した。
 紙には、『ハーゲンダッツ! 冷たい! 食せる! 高い!』と記入されていた。
「……ねぇ、もう使い古したギャグはいらないわよ」
「何のこと? 僕はきっちり涼子のご要望を満たしたはずだけど?」
 にこりと微笑んだまま、なお。
「ううぅ、やっぱりなおは私の事嫌いでしょ?」
「わかったわかった、ちょっと待って」
 本気でしおれた涼子を見て、苦笑を浮かべながら、なおは立ち上がった。そしてそのまま台所へ入ってゆく。
 涼子は首をかしげた。冷凍庫には、アイスはもう無かったはずだけど。だからこそこうやって、回りくどく買い物デートに誘った訳なのだが。
 なおはがちゃがちゃと物音を立てた後、こちらへ戻ってきた。
 なおの手の上には、可愛らしいペンギンが乗っかっている。そのペンギンにはタケコプターよろしくプロペラが付いていて、お腹はぽっかりと空洞になっている。
「ほら、涼子、かき氷マシーン」
「うちにかき氷マシーンなんてあったっけ?」
「有ったよ。棚の奥の方に隠れてた」
「ふーん、そう言えば、有ったような気がしてきたわ」
「で、どう? これで我慢ってのは?」
 腕組みをして、涼子は考えて。
「なおが作ってくれるならOKよ」
「僕に見返りが有るのかい?」
 ちょっと呆れ気味のなおに、涼子は満面の笑みで告げた。
「あーんってしてあげる」
「それだけ?」
「なによ、私の最大限の譲歩よ。受け取りなさいよ」
 なおはため息をついた後、やれやれという感じで言った。
「わかったよ。その代わりシロップぐらい用意してね」
「はーい」
 涼子は喜色満面で、なおに抱きついた。
「なお大好き!」
「あれ? 暑いんじゃなかったの?」
「なおは、暑いんじゃなくて暖かいの。だからいいのよ」
 揚げ足取りだったのに、あっさりと返されて、さすがにこれ以上いう事はなくなってしまった。
「僕は涼子にはかなわないよ」
「そんな事初めから知ってるわよん」
 なおはどうも釈然としない様子ったけれど、涼子がなおの背中を押して、二人は台所へと消えていった。
 ゴリゴリという涼しげな音を奏でながら、一日は過ぎてゆく――。




   HR
     今回もこれからも、題名と内容が特に一致しない事が全会一致で決定されました(泣)
     しかも今回三人称だし(一人称小説の予定だった事を忘れてたのは内緒)




戻る。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送